あなたへ
僕はあの人のこと、一体どれくらい知っているんだろう。
ハンサムな顔。黒髪。髪と同じ真っ黒な犬になったときの、意外なくらいの人懐っこさ。
シリウス・ブラック。僕の父親の親友。僕の名付け親。僕の保護者。
それから?
それだけ。
それだけ!
シリウス。教えて欲しいんだ。
もう、何も言ってくれなくていい。父さんや母さんの若いころの話も、彼らがどんな人だったのかも、あなたたちが体験したんだろう冒険のことも、何も教えてくれなくていい。聞こうとも思わない。どうだっていいんだ、そんなことは。
そんなことは、全部ぜんぶ些細なことだ。もう終わってしまったことだ。
だから、どうか教えて。僕に聞かせて。
僕は、あなたのことを、どのくらい知っていた?
父さんほどに、あなたの昔の相棒くらいに知っていたいなんて、思っていない。ダンブルドアみたいに、何でもお見通しでいたいわけじゃない。
だけど、僕は、知っていたかったんだ。知っていたいんだ。
シリウス。僕は、あなたの何かを知ってもいいくらい、あなたの近くにいた?
あなたは僕を大事にしてくれた。思ってくれた。
話を聞いてくれた。守ってくれた。
だけどシリウス。僕は気づかなきゃならなかったんだ。
僕は、あなたのこと、全然しらない。
何が好きで、何が嫌い?
どんなことで笑ってくれる?
嫌なことがあったとき、どんな顔をする?
昔、父さんたちと一緒に戦っていたとき、アズガバンに囚われたとき、そこから脱出したとき、犬に変身して僕のそばにいてくれたとき。
あなたは、どんなことを考えていた?
ああ、こんな言葉じゃ、あなたには届かないかな。
違うな。
もう、どんな言葉でも、あなたには届かないのかな?
シリウス。シリウス。
もう、あなたは僕に、何も言ってくれない。
もう、あなたは僕のそばに、いてはくれない。
もう、あなたは僕のこと、守ってもくれない。
あなたは僕を、見てくれないんだ。
シリウス。僕はあなたのこと、ほんの少しだけ知ってる。
淋しがりのシリウス。少し鈍いシリウス。意地悪なシリウス。やさしいシリウス。
僕の父さんの、親友のシリウス。
シリウス。僕は、あなたのこと、どのくらい知っている?
全部だなんて、望まない。昔のことなんて、何もいらない。
ほんとは、知りたいのは、ひとつだけなんだ。
シリウス、あなたは、「僕」を見てくれた?
父さんじゃないんだ。ジェームズじゃないんだ。
見ればわかるよね? 父さんの瞳は榛だったし、父さんの額に傷なんてなかった。
シリウス。僕、ハリーだよ。ハリーなんだよ。
「そっくりだ」なんて言わないで。あなたに言われたら、嬉しくないんだ。
あなたは、あの時「誰」を庇ったの?
大事な親友の一人息子? ヴォルデモートに対抗できるかもしれない予言の子ども?
シリウス、教えて。あの最後のとき、あなたは、確かに僕を見てくれた?
背中を預ける親友じゃなくて、傷があるだけで力もないただの子どもを、この僕だけを、見てくれていた?
父さんじゃなくて、僕を庇ってくれたんだよね?
もう、あなたには訊けないんだ。
あなたは、どこにもいないんだ。
もう、僕は確かめられない。あなたが僕を見てくれているのか。僕はあなたをどれだけ知っているのか。
シリウス。きっと僕は、次に杖を振るときも、その次も、考えるんだろう。
エクスペクト パトローナム。
来てよ。現れてよ。僕を守ってよ。
触れられなくてもいい。ただの銀の霞でもいい。その背中を見るだけでいいんだ。
シリウス。僕は、額の傷を見るたびに思うんだよ。
僕の名付け親。僕の家族。僕の大切な人。
ゴーストでもいい。天国になんて行ってしまわないで。
父さんじゃなくて。
僕のそばにいてよ。