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物体もじ。
物体もじ。
novelistID. 17678
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あなたへ

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 僕はあの人のこと、一体どれくらい知っているんだろう。


 ハンサムな顔。黒髪。髪と同じ真っ黒な犬になったときの、意外なくらいの人懐っこさ。


 シリウス・ブラック。僕の父親の親友。僕の名付け親。僕の保護者。



 それから? 

 それだけ。


 それだけ!


 シリウス。教えて欲しいんだ。

 もう、何も言ってくれなくていい。父さんや母さんの若いころの話も、彼らがどんな人だったのかも、あなたたちが体験したんだろう冒険のことも、何も教えてくれなくていい。聞こうとも思わない。どうだっていいんだ、そんなことは。

 そんなことは、全部ぜんぶ些細なことだ。もう終わってしまったことだ。


 だから、どうか教えて。僕に聞かせて。



 僕は、あなたのことを、どのくらい知っていた?



 父さんほどに、あなたの昔の相棒くらいに知っていたいなんて、思っていない。ダンブルドアみたいに、何でもお見通しでいたいわけじゃない。


 だけど、僕は、知っていたかったんだ。知っていたいんだ。


 シリウス。僕は、あなたの何かを知ってもいいくらい、あなたの近くにいた?


 あなたは僕を大事にしてくれた。思ってくれた。

 話を聞いてくれた。守ってくれた。



 だけどシリウス。僕は気づかなきゃならなかったんだ。





 僕は、あなたのこと、全然しらない。




 何が好きで、何が嫌い?

 どんなことで笑ってくれる? 

 嫌なことがあったとき、どんな顔をする?


 昔、父さんたちと一緒に戦っていたとき、アズガバンに囚われたとき、そこから脱出したとき、犬に変身して僕のそばにいてくれたとき。


 あなたは、どんなことを考えていた?



 ああ、こんな言葉じゃ、あなたには届かないかな。

 違うな。

 もう、どんな言葉でも、あなたには届かないのかな?



 シリウス。シリウス。



 もう、あなたは僕に、何も言ってくれない。

 もう、あなたは僕のそばに、いてはくれない。

 もう、あなたは僕のこと、守ってもくれない。



 あなたは僕を、見てくれないんだ。



 シリウス。僕はあなたのこと、ほんの少しだけ知ってる。



 淋しがりのシリウス。少し鈍いシリウス。意地悪なシリウス。やさしいシリウス。


 僕の父さんの、親友のシリウス。



 シリウス。僕は、あなたのこと、どのくらい知っている?

 全部だなんて、望まない。昔のことなんて、何もいらない。



 ほんとは、知りたいのは、ひとつだけなんだ。





 シリウス、あなたは、「僕」を見てくれた?





 父さんじゃないんだ。ジェームズじゃないんだ。

 見ればわかるよね? 父さんの瞳は榛だったし、父さんの額に傷なんてなかった。


 シリウス。僕、ハリーだよ。ハリーなんだよ。


 「そっくりだ」なんて言わないで。あなたに言われたら、嬉しくないんだ。



 あなたは、あの時「誰」を庇ったの?

 大事な親友の一人息子? ヴォルデモートに対抗できるかもしれない予言の子ども?




 シリウス、教えて。あの最後のとき、あなたは、確かに僕を見てくれた?



 背中を預ける親友じゃなくて、傷があるだけで力もないただの子どもを、この僕だけを、見てくれていた?


 父さんじゃなくて、僕を庇ってくれたんだよね?



 もう、あなたには訊けないんだ。

 あなたは、どこにもいないんだ。



 もう、僕は確かめられない。あなたが僕を見てくれているのか。僕はあなたをどれだけ知っているのか。



 シリウス。きっと僕は、次に杖を振るときも、その次も、考えるんだろう。


 エクスペクト パトローナム。



 来てよ。現れてよ。僕を守ってよ。

 触れられなくてもいい。ただの銀の霞でもいい。その背中を見るだけでいいんだ。



 シリウス。僕は、額の傷を見るたびに思うんだよ。



 僕の名付け親。僕の家族。僕の大切な人。






 ゴーストでもいい。天国になんて行ってしまわないで。

 

 父さんじゃなくて。





 僕のそばにいてよ。



作品名:あなたへ 作家名:物体もじ。