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物体もじ。
物体もじ。
novelistID. 17678
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夢想 天球08

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 ゆらゆらと、揺れるような意識の中、自分を見据えているのは、決まって、藍色の瞳だ。

 何よりも濃い陰影を湛えているくせに、おかしなほどに薄い色をした瞳、だ。

 あれが一体誰の瞳であるのか、自分は覚えている──どんなときであろうと、忘れることなどは、赦されない。


 そうであるのに、どうして、こんなにも心もとないのか。

 夢の中にその答えなどはないと識っているけれど、目を覚ましたとて、それは、手に入りはしないのだ。








 夢想

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殻/3






 男が少年に課す鍛錬は、人から見れば常軌を逸しているとしか見えぬものではあったが、その実、ある程度のリズムを崩すことは、けし て、ない。

 どのような内容であろうとも食いついてくる少年に、それは確かに激しさを増すばかりではあるけれど、その、危うい境界を、自分は見 極めることが出来ると……何らの確証もあるものではないが、男は疑ってはいなかった。

 少年は、男の人生において、真実、唯一の──つまるところは初めての弟子であり、だから、彼はそれ以前に何ものかを鍛えたことなど 、なかったと言うのに。

 
 与える課題も、傷も、苦痛さえも。

 少年のすべてが手の内にあることを、男は確信していたのだ。


 今となっては、唯ひとつの、己れのすべてを注ぎ込むべき、器。

 少しずつではあっても、未来は開けていくように思っていたし、その前途を輝かしくするためならば、自分が何を厭うこともないと、理解していた。


 それが、何故。


 寝入りばなや、明け方。あるいは、この黒い森の息吹すら眠りにつきそうな、深夜。

 ゆらゆらと、揺れる意識の中で、彼は、自分を観察する視線を見つけ出す。

 それは大抵、とめどなくたゆたう彼の傍らにいつの間にか現れて、そうと認識したときには、姿を消している。

 不可思議で、懐かしく、心騒ぐ、藍の瞳。

 濃い陰影を宿しながら、どこまでも酷薄に据えられた瞳は、かつて、誰よりも焦がれたあの人に、とても、似ている。

 だから、彼はその正体をつきとめたくて、追いかけたくて、たまらなかった。

 何の感情もうつさない、静かな視線の意味を、知りたかった。


 けれど、自身の境すら曖昧で定まらない中にしか現れないそれを捕まえるなぞ、雲を掴むよりもまだ、困難で。

 日ごと、夜ごと、追う視線と、何かが、似ているような気がしてならないのに、考えることすら、ままならない。


 そんな、時だったのだ。


 初めて、少年が言いつけに背いたのは。


 身を返した彼の後ろ姿を、ずっと追っていたのだろうか? あの、クロムの輝きを宿す宝玉は。

 黒い森と外の世界との間にひとり、佇んだままで。


 何故、何を思って、自分の言葉に逆らい、そのくせ、その他には何らの叛意も見せないでいるのか。

 男は、戸惑わずには、いられない。

 琅干の色の、あの奥で、少年が何を思っているのか、わからないことが、懼れを生む。


 何故、どうして。


 ただ、ささやかな、反抗と呼べるのかも疑わしいような出来事であり、格別何かの障害になるというわけでもないのに、どうして、彼をここまで惑わせるのか。

 順調に、彼の弟子は育ってゆくのに、どうして、彼は立ち竦まねばならないのか。


 夢の中、薄藍の瞳が、彼を追う。

  振り向いても、振り向いても、その影を踏むことすら出来ず、ただ、背中に、その視線だけを感じる。
 

 いつも、今もなお、自分を見ている、その理由を。

 もはや問いただすことすら不可能というのに、それでも、捕まえて、訊いてみたくて。


 背に纏う、クロムと藍のふたつの瞳が、男を追い込んでゆく。


 今日も。


 無頓着に、少年がわらう。


 男の言葉に背き、黒い森の端に立って、身をひるがえす。



 そのただ一瞬、こぼれた光。


 クロムの輝きを散りばめたような、その琅干の色。












 黒い森の色をうつした、濃い色の瞳が、一度だけ、その男を見返る。










 ざわり、とうなる葉鳴り。

 黒い森の中、見送る男と、駆け出す少年。



 既視感。



「Lehrer」



── vator



 背を追う、薄藍の瞳。





 抜け出せない、と。








 唐突に、そう、感じた。













作品名:夢想 天球08 作家名:物体もじ。