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物体もじ。
物体もじ。
novelistID. 17678
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特権

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 喧嘩した。ライカと。

 原因はささいなことで、この間の仕事に関するレポートをミスすることなく書けて気分良くライカに報告に行った俺の頭を、ライカが「よくできた」と言いながら撫でたんだ。

 だから俺が怒った。それだけのことだ。


 だって。頭を撫でるなんてのは、大人が子どもにすることだ。

 だから、俺は悪くない。



「……と、思う」

「カイト。思う、とか言っている時点ですでに自分でも自信がないんじゃないのかい?」

「……」

「子ども扱いされて怒るのは、それこそ子どもの証拠だと思うけど」

「じゃあ、ジェフティなら怒らないのかよ?」

「怒らないね」

「えー?」

「代わりに、僕がどれだけ子どもか、思い知らせてあげることにしてるから」

「……それは怒っているんじゃないのか」

「怒ってはいないよ。怒る理由がないからね。僕にとっては、年齢だって立派な武器のひとつだ」

「…………」

「年齢で不利益を被るんなら、同じくらいに年齢で得をしたっていいと思うけどね」



 ひとつ肩をすくめたジェフティ・トートは、性格なのかもしれないけれど、余裕だ。

 13歳っていう年齢はどこからどう見ても子どもで、実際の見た目も子どもでしかないのに、この余裕は一体どこからくるんだろう。


 まるで、俺のほうが子どもみたいじゃないか。年上なのに。



「言っただろう。君と僕じゃ、生きてきた環境が違うって」

「なっ何で俺の考えてることがわかるんだよ!?」

「君ほどわかりやすい人も珍しいよ、本当に」

「そんなこと……ない、と、思う……」

「またそれか。結局、君の言いたいことはこうだろう? 『ライカと喧嘩した。どうしよう』ってね」

「……俺は悪くない」

「頭を撫でられて、反発して食ってかかったわけだね」

「だって! いつもいつもいっっっっっつも、何かっちゃチョコで人を釣ろうとするだけでも腹立つのに、こともあろうにあいつ!!」

「よくできましたと褒めてくれたんだろう?」

「褒めるにしたってやり方ってもんがあるだろ!?」

「なに。じゃ、カイトはどういうのがお望みだったんだい?」

「どう、って……」

「チョコも頭を撫でるのも嫌なら、君をどうやって褒めればいいのか、参考までに教えてくれるかな」

「……う……そんなの、いきなり言われても……」



 そんなの、普通でいいのに。

 ただ、ふつうに。しっかり出来たことを認めてくれて。それで。

 言って、くれるだけで良かったのに。「よくできた」って。



「それだけじゃ不十分だと、ライカは思ったんだろう」

「どういう意味だよ?」

「そうやって、普段から君が食ってかかってばっかりいるから」



 呆れたように人差し指を突きつけて、ジェフティは子どもを諭すような顔になった。

 いいかい、とひと呼吸置いて、青に近い緑の目が、じっとりを俺を見る。



「確かに、ライカの表情は読みにくい。それはこの船の誰もが認めるところだね。そして、君はそういうライカが気に食わないらしい。これも同様。つまり、ライカは、こう思っている。自分の思っていることがよくわからないから、君はすぐ自分に食ってかかるんだと」

「……えー、と……」

「だから、君にもよくわかるように、行動で示そうと考えたんだろうね。以上、推理終了。何か異論は?」

「……何となく納得したような納得いかないような、複雑な気分だ……」

「僕からすれば、ライカにしたって行動理念については明快極まりないものだけど。どうして君がそんなに悩むのか、正直理解できないよ」

「そうなのかもしれないけど。何ていうか、こう、人から話を聞いているぶんにはそうか、って思えても、いざ、本人を目の前にすると」

「つい食ってかかってしまう、と」

「そう!」

「―――カイト。君、反抗期?」

「は?」

「違うかい? 意味もなく大人に食ってかかりたくて仕方ない、というのは、反抗期における典型的な症例であったように思うんだけど」

「お、俺はそんな子どもじゃないぞ!」

「ふーん?」

「ジェフティ……」

「あー、わかったわかった。うんそうだね。わかったからそんな目で見ないでくれるかい」



 大きなため息をひとつ。

 それから、ちょっと笑って、ジェフティはこう言った。



「まあとにかくさ。君がライカと喧嘩したことを気にしているんなら、次にライカがチョコを差し出したり頭を撫でたりしても、1度くらいは怒らずに受け入れてあげればいいと思うよ」

「……」

「カイト」

「チョコは、わかったけど。でも、頭は、無理かもしんない」

「君もいい加減、頑固だね」

「だって、無理なものは、無理……なんだ」



 目の前の年下の仲間が、不思議そうな顔になったけれど、どうしても、それだけは認められないと、思ったんだ。


 別に、ライカが悪いわけじゃないと、今は思う。

 あいつも不器用だから、他にやり方がわからないだけなんだ。


 それでも、それだけは。



 認められないと、どうしてか、強く、そう思った。






 ―――だって、それは、あの人だけの特権なんだ。





作品名:特権 作家名:物体もじ。