sutere by
あそこまで脆い姿を初めて見た、と思う。
本来の炎山がどれだけ強いか、熱斗はよく知っている。
大の大人を何人も相手に回してなお捌くことが出来るほどで、ネットバトルならともかく、生身で彼と殴り合いをして勝てる自信など、はっきり言って熱斗には少しもない。
クロスフュージョンありでなら、まあ……互角には戦えるだろうけれど 。
その、彼が。もちろん手加減もしてくれていたのだろうけれど、熱斗に殴られるままで。
「くっそ……」
いやに笑顔の母親から手渡された救急箱を広げながら、何に対してかは自分でも分からないまま、熱斗は毒づいた。乱暴に絆創膏を貼り付け、しかめた眉はそのせい、ということにしておく。
大丈夫、そう彼に約束したのは、確かに自分だし、それを破るつもりなど毛頭ない。
ブルースは……伊集院炎山のナビは、必 ず自分とロックマンが取り戻す。
けれど、目について離れない、映像がある。
見ているほうの心まで冷え切ってしまいそうな、冷たいガラスに映る、炎山の顔。
いつも通りの静かな声と横顔、それでも、かすかに反射して見えたその顔だけが、まるで不安に揺れているように見えた。
それが自分の錯覚なのか、それともこちらには見 えないと思った炎山の隙だったのかは、もうわからない。
わかるのは、そんな炎山を絶対に放ってはおけないと思った、自分のこの気持ちだけ。
あのとき、その手をすり抜けて消えてしまったブルースに初めて慟哭を漏らした炎山を、支えたいと願う想いだけ。
ブルースのように、自分のもとから去っていってしまっていたかもしれないロックマン。そうしていたかもしれない自分。
そうしなければならなかった状況。
もしあのとき、自分がもう少しだけ、躊躇いを捨てていたならば。
(けどそうしたら、きっと炎山が今の俺みたいに悩んで苦しむんだ)
残ってしまった自分のナビと、相手を襲うだろう喪失感に。助けられて、なのに相手を助けるすべを持たない自分自身に。
そうして、必死で自分を支えようとしてくれただろう。それこそ殴ってでも引きずってでも、ロックマンを取り戻させようとしてくれただろう。
だから、自分もそうするだけだ。
取り戻すと宣言はした。諦めさせるつもりなんてない。自分たちも、諦めるつもりはない。かけがえのないライバルを、仲間を、こんな形で失ってたまるものか。
何より、あんな炎山を、これ以上見ているなんて冗談じゃない。
「はい、何ですか、名人さん?」
『「さん」はいらない。緊急事態だ。IPCの研究所にディメンショナルエリアが発生した。ただちに急行してくれ!』
「IPCって……炎山の会社じゃん!!」
あんな脆い姿は初めて見た。
だけど、もう二度と、見るつもりはない。
自分たちが、彼の分まで戦うから。必ず取り戻してみせるから。絶対に、諦めたりなんかしないから。
だから、いつもの君でいてください。