口唇欲
何となく淋しい気がするのは、何かのバグなのか、それともこれすらも製作者の意図のうちだろうか?
グローブ越しに触れる、柔らかさ。人間と違って、大気や乾燥にさらされて荒れるということはないから、その感触はいつも変わらない。
「何をしている?」
「ん。ちょっとね」
何度も何度も撫でる仕草を見咎めてか、すぐ隣で何かのデータを整理していた赤いナビが、不審げに視線を寄越した。
もう一度自分の口唇に触れ、ふと思いついたように、ロックマンはブルースに向き直る。
正面に開かれているディスプレイを避けて、真横からその顔に手を伸ばして、触れた。
「……何がしたい」
「うーん」
自分のものとは少しちがう、硬めの感触。それはある意味想像通りだったけれど、相手の反応については、いささか不満がある。
「ねえ、ブルース。「口淋しい」って、知ってる?」
「口淋しい:形容詞。口に入れるものがなくて物足りない」
「ああ、うん。セオリー通りの返事をありがとう」
なぞる。撫でる。自分とはちがう感触。
ならば、そこから呼び出される感覚も、やはりちがうもの、なのだろうか。
「そうじゃなくってね。ブルースは、口淋しいって感じること、ある?」
「ないな。大体、ナビはものを口に入れる必要性自体がないだろう」
にべもない、とはきっとこのこと。
こちらの行動に自分なりの理由でも見つけられたのか、興味が失せたように目前のデータに視線を戻す相手に軽く頬を膨らませて、ロックマンはブルースの口唇に触れていた指を少し、ずらした。
そう、自分たちはネットナビ。サイバーワールドにある様々な情報を司るためのシステム。
役割に関わりのない機能など、与えられていようはずもない。
ましてそれが、どんな複雑な作用を引き起こすかも分からないのなら。
「うん。でもね、ブルース。僕にはあるんだよ」
触れた頬を強引にこちらに向けさせて、驚いたように少し開かれた口唇に、微笑んだ。
片手の一振りで邪魔なデータを最小化し、頭ひとつ背の高い彼のために、伸びをする。
赤いナビがそれに何か言う間も与えずに、青いナビはその口唇に軽く触れた。
自分の感触と相手の感触が混ざって、柔らかいのか少し硬いのか、よく分からなくなる。
けれど自分の指がふれるのとは違う感覚に満足して、ブルースの口唇の上で、ロックマンはちいさく笑った。
最後にぺろりとその少し硬い口唇を舐め、離した顔をにこりと綻ばせる。
悪戯が成功したような無邪気な顔をして、呆気にとられている相手を見上げ、ゆっくりと指で自分の口唇をなぞった。
「口唇欲」