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物体もじ。
物体もじ。
novelistID. 17678
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口唇欲

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つい、と指でなぞる。

 何となく淋しい気がするのは、何かのバグなのか、それともこれすらも製作者の意図のうちだろうか?

 グローブ越しに触れる、柔らかさ。人間と違って、大気や乾燥にさらされて荒れるということはないから、その感触はいつも変わらない。



「何をしている?」

「ん。ちょっとね」



 何度も何度も撫でる仕草を見咎めてか、すぐ隣で何かのデータを整理していた赤いナビが、不審げに視線を寄越した。

 もう一度自分の口唇に触れ、ふと思いついたように、ロックマンはブルースに向き直る。

 正面に開かれているディスプレイを避けて、真横からその顔に手を伸ばして、触れた。



「……何がしたい」

「うーん」



 自分のものとは少しちがう、硬めの感触。それはある意味想像通りだったけれど、相手の反応については、いささか不満がある。



「ねえ、ブルース。「口淋しい」って、知ってる?」

「口淋しい:形容詞。口に入れるものがなくて物足りない」

「ああ、うん。セオリー通りの返事をありがとう」



 なぞる。撫でる。自分とはちがう感触。

 ならば、そこから呼び出される感覚も、やはりちがうもの、なのだろうか。



「そうじゃなくってね。ブルースは、口淋しいって感じること、ある?」

「ないな。大体、ナビはものを口に入れる必要性自体がないだろう」



 にべもない、とはきっとこのこと。

 こちらの行動に自分なりの理由でも見つけられたのか、興味が失せたように目前のデータに視線を戻す相手に軽く頬を膨らませて、ロックマンはブルースの口唇に触れていた指を少し、ずらした。

 そう、自分たちはネットナビ。サイバーワールドにある様々な情報を司るためのシステム。

 役割に関わりのない機能など、与えられていようはずもない。

 ましてそれが、どんな複雑な作用を引き起こすかも分からないのなら。



「うん。でもね、ブルース。僕にはあるんだよ」



 触れた頬を強引にこちらに向けさせて、驚いたように少し開かれた口唇に、微笑んだ。

 片手の一振りで邪魔なデータを最小化し、頭ひとつ背の高い彼のために、伸びをする。


 赤いナビがそれに何か言う間も与えずに、青いナビはその口唇に軽く触れた。


 自分の感触と相手の感触が混ざって、柔らかいのか少し硬いのか、よく分からなくなる。

 けれど自分の指がふれるのとは違う感覚に満足して、ブルースの口唇の上で、ロックマンはちいさく笑った。


 最後にぺろりとその少し硬い口唇を舐め、離した顔をにこりと綻ばせる。

 悪戯が成功したような無邪気な顔をして、呆気にとられている相手を見上げ、ゆっくりと指で自分の口唇をなぞった。



「口唇欲」


作品名:口唇欲 作家名:物体もじ。