人肌中毒
設定変更>>36℃ 加熱開始
「こんばんは、ブルース」
リンクバナーを使って相手のHPに飛ぶのと同時、にっこり笑って手を振ってみたけれど、慣れたもので振り向きもしないこの場の管理人は、挨拶を返すことすらしてくれなかった。
まあ、そこはこちらも慣れたものだから、それで怯んだりはしないけれど。
背に長い銀色を流した赤いナビはいつでも忙しそうにしていて、こんな夜中だというのに、今も何かのデータチェックに余念がない。
遠慮もなくそれを横から覗き込んで、あ、とロックマンは声を上げた。
「ねぇ、これって炎山のスケジュール? 相変わらずびっしりだね」
会議、打ち合わせ、会食、コンペティション。
間に移動時間が入っているから多少はまばらに見えるが、実際にはそれこそ分刻みになっているだろう。
「これじゃ、今週は時間、取れそうにないか。残念」
ふう、とため息をつけば、ブルースは初めてちらりと視線を寄越し、まるで新しい仕事の予定でも入ったような声で訊いてくる。
「光が、何か言ってきているのか」
「ううん。ただ、会って遊びたいとは思ってるみたいだから」
「今、新しい企画が持ち上がっている。しばらくは炎山様もかかりきりだろうな」
「そっか。仕方ないね」
残念がるだろうオペレーターの姿を思えば文句のひとつも言いたくなるが、過労死しないのが不思議なくらいのスケジュールを見ていれば、そんな気も失せてしまう。
代わりにデータウィンドウをひと睨みして、バイザーに隠されて読みにくい相手の顔をじぃっと窺う。
主人に付き従って同じだけの、下手をすればそれ以上のスケジュールをこなしているはずのナビは、体力的なものは当然としても、精神的な疲れさえ感じているようには見えない。
(少しは疲れればいいのに)
身勝手なことを考えながら、ほんの少しだけ身を寄せる。
「―――てことは、しばらくはブルースにも会えないかな」
触れた腕は、アタッチメント越しに冷たく感じる。
正しくは、彼が「冷たい」、というわけではないのだけれど。
「ロックマン?」
違和感を覚えたのか合わせられた視線に笑い返して、その首に腕を絡める。
攫うように口唇を触れ合わせ、彼が感じたであろうものが錯覚ではないと教えてやる。
(わかる? 感じてる?)
触れている腕から、装備越しの肌から、互いにかかる息から、この熱がきちんと彼に届いていれば良い。
擬似的なもので、構わないから。
「じゃ、またね。ブルース」
一度だけ強く身体を押し付けて、返事も聞かずにログアウトした。
どうせ、何も言ってはくれなかっただろうけれど。
誰もいないHPでスリープモードに入ろうとしながら、ロックマンは自分の身体を抱き締める。
自分たちナビに、そんな感覚がないことは百も承知の上だけれど。
(少しでいい。寒いって、思えばいいのに)
人間の平均体温、おおよそ36℃前後。そんな熱源が傍にいないことに、何か、相手が感じれば良い。
人肌恋しい、なんて、思う相手ではないことは知っていても、そうなればいいと望んでしまうし、それを教え込めたら、と願ってしまう。
そのために、たいした用もないのに会いに行くことすら、してしまう。
眠るために余計な機能をすべてオフにして、ふと、身震いした。
そんなはずはないのに、急に肌寒くなったような、気がした。
「不公平だよね」
まるで、自分の仕掛けた罠に、自分で引っかかったようで、気に入らない。
どうせなら、あの赤いナビこそ、寒いと思えば良いのだ。
次に自分と会うときまで、ずっと。
設定オールクリア>>表面温度 過熱状態 冷却開始