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物体もじ。
物体もじ。
novelistID. 17678
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人肌中毒

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「こんばんは、ブルース」



 リンクバナーを使って相手のHPに飛ぶのと同時、にっこり笑って手を振ってみたけれど、慣れたもので振り向きもしないこの場の管理人は、挨拶を返すことすらしてくれなかった。

 まあ、そこはこちらも慣れたものだから、それで怯んだりはしないけれど。


 背に長い銀色を流した赤いナビはいつでも忙しそうにしていて、こんな夜中だというのに、今も何かのデータチェックに余念がない。

 遠慮もなくそれを横から覗き込んで、あ、とロックマンは声を上げた。



「ねぇ、これって炎山のスケジュール? 相変わらずびっしりだね」



 会議、打ち合わせ、会食、コンペティション。

 間に移動時間が入っているから多少はまばらに見えるが、実際にはそれこそ分刻みになっているだろう。



「これじゃ、今週は時間、取れそうにないか。残念」



 ふう、とため息をつけば、ブルースは初めてちらりと視線を寄越し、まるで新しい仕事の予定でも入ったような声で訊いてくる。



「光が、何か言ってきているのか」

「ううん。ただ、会って遊びたいとは思ってるみたいだから」

「今、新しい企画が持ち上がっている。しばらくは炎山様もかかりきりだろうな」

「そっか。仕方ないね」



 残念がるだろうオペレーターの姿を思えば文句のひとつも言いたくなるが、過労死しないのが不思議なくらいのスケジュールを見ていれば、そんな気も失せてしまう。

 代わりにデータウィンドウをひと睨みして、バイザーに隠されて読みにくい相手の顔をじぃっと窺う。


 主人に付き従って同じだけの、下手をすればそれ以上のスケジュールをこなしているはずのナビは、体力的なものは当然としても、精神的な疲れさえ感じているようには見えない。



(少しは疲れればいいのに)



 身勝手なことを考えながら、ほんの少しだけ身を寄せる。



「―――てことは、しばらくはブルースにも会えないかな」



 触れた腕は、アタッチメント越しに冷たく感じる。

 正しくは、彼が「冷たい」、というわけではないのだけれど。



「ロックマン?」



 違和感を覚えたのか合わせられた視線に笑い返して、その首に腕を絡める。

 攫うように口唇を触れ合わせ、彼が感じたであろうものが錯覚ではないと教えてやる。



(わかる? 感じてる?)



 触れている腕から、装備越しの肌から、互いにかかる息から、この熱がきちんと彼に届いていれば良い。


 擬似的なもので、構わないから。



「じゃ、またね。ブルース」



 一度だけ強く身体を押し付けて、返事も聞かずにログアウトした。

 どうせ、何も言ってはくれなかっただろうけれど。


 誰もいないHPでスリープモードに入ろうとしながら、ロックマンは自分の身体を抱き締める。

 自分たちナビに、そんな感覚がないことは百も承知の上だけれど。



(少しでいい。寒いって、思えばいいのに)



 人間の平均体温、おおよそ36℃前後。そんな熱源が傍にいないことに、何か、相手が感じれば良い。


 人肌恋しい、なんて、思う相手ではないことは知っていても、そうなればいいと望んでしまうし、それを教え込めたら、と願ってしまう。

 そのために、たいした用もないのに会いに行くことすら、してしまう。


 眠るために余計な機能をすべてオフにして、ふと、身震いした。

 そんなはずはないのに、急に肌寒くなったような、気がした。



「不公平だよね」



 まるで、自分の仕掛けた罠に、自分で引っかかったようで、気に入らない。


 どうせなら、あの赤いナビこそ、寒いと思えば良いのだ。

 次に自分と会うときまで、ずっと。





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作品名:人肌中毒 作家名:物体もじ。