爪痕
爪でも立ててやろうか、と、たまに思う。
そうしたら、一体どんな顔をするんだろう?
「ねえ、ブルース」
「……それを俺に訊くのか」
「君以外の誰に訊けって言うのさ」
と、言うか。
ほかの誰かに訊いてもいいの?
爪を立ててもいいか、なんて。
もちろん、そんな意図で言ったんじゃないことは承知済みの確信犯。
ただし誤用のほうだけど。
「まあ、どうせ痕なんて付かないんだろうけどね」
試したことはないけど。だから、試してみたいと思うわけだけど。
爪痕。
付けてみたいと思うのは、ダメですか。
「付けたら、HP減ったりするのかな? リカバリで消えるのは、何かイヤだな~」
「やろうとするな、こら」
「いいじゃない。どうせ君は自分でチップ持ってるんだし」
「そういう問題じゃなくて、だな」
「え、何。まさかブルース、意味わかってるの?」
どうせ、わからないんだろう。どうせ、伝わらないんだろう。
そう思って、好き勝手に言っていたのに。ただ、そうやって、甘えさせてくれればいいかな、なんて諦めていたのに。
解っているの? 知っているの?
だったら、少しだけ、期待してもいいのかな。
痕を付けたい、刻みたい。
そんなことを思う、この気持ちに気づけますか?
「ブルースもちゃんと成長してたんだね」
「お前な……」
「褒めてるんだよ?」
「嬉しくない」
「素直じゃないなぁ」
背中に回していた右手だけで、いいこいいこしてみた。ツノが邪魔だね。
憮然とした顔をしているけど、逃げようとはしない。でも、ため息と一緒に緩められた腕に、不満を覚えた。
やっぱり、わかっていない。決定。
「ブルース」
「何だ」
「どうして君って、こんなに鈍いんだろうね。持ち主に似たのかな?」
ぎゅっと、代わりみたいに指先に力を込める。装備越しだし、ちゃんと痕がつくなんて、思わないけど、そうした。
痕をつけられたとしても、きっとその後、お互いに困ってしまうんだろうって、わかっているけど、そうせずにいられなかった。
本当は、いっそ、痕なんて言わずに、切り裂いてしまいたいとすら、思うのだけど。
「……僕、でもいいんだけど」
「ロックマン?」
「君、僕に爪痕、つけてみる?」
それでもいいかな、と思う。どっちがどっちでも。
触れられている、人間なら肩甲骨のあたり。
それが、かつて堕とされる前に生えていたと言う翼の名残りだと、そう言ったのは誰だったっけ。
君に切り裂かれて、そこから新しく翼が生えてくるのなら、それもいいかな。
人間みたいな真っ赤に染まった羽根は、きっと君みたいな色に染まっているんだろうし。
「―――なんてね。冗談だよ?」
そうだね。それなら、いいけど。
もし、僕が爪痕をつけて。もし、そこから君に翼が生えてしまったら?
堕したことのない君になら、もしかしたら、翼だって残っているのかもしれないじゃないか。この冷たい表面の下に。
そうやって、どこかに飛んでいってしまったら、たまらない。
「お前の冗談は、時どき、良くわからない……」
「うん。そうだろうね。でも、ブルースはそれでいいんだよ?」
「そうなのか」
「うん」
「そうか」
だから、爪痕をつけるのは、よしておこうか。
つけてみたい、とはやっぱり思うし、そんな時の顔も、見てはみたいけれど。
すぐにリカバリするなら、いいかな?
でも、一瞬でも隙を作るのは、やっぱりイヤかな。大体一瞬だけじゃ、そんなの意味ないし。
どうしたって、手放したくなんて、ないんだよ。
(爪痕じゃなくたって、いいんだ)
ただ。そう。
僕のしるしを、君につけておけるのなら、何だって。