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物体もじ。
物体もじ。
novelistID. 17678
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爪痕

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 爪でも立ててやろうか、と、たまに思う。

 そうしたら、一体どんな顔をするんだろう?



「ねえ、ブルース」

「……それを俺に訊くのか」

「君以外の誰に訊けって言うのさ」



 と、言うか。


 ほかの誰かに訊いてもいいの?

 爪を立ててもいいか、なんて。


 もちろん、そんな意図で言ったんじゃないことは承知済みの確信犯。

 ただし誤用のほうだけど。



「まあ、どうせ痕なんて付かないんだろうけどね」



 試したことはないけど。だから、試してみたいと思うわけだけど。


 爪痕。


 付けてみたいと思うのは、ダメですか。



「付けたら、HP減ったりするのかな? リカバリで消えるのは、何かイヤだな~」

「やろうとするな、こら」

「いいじゃない。どうせ君は自分でチップ持ってるんだし」

「そういう問題じゃなくて、だな」

「え、何。まさかブルース、意味わかってるの?」



 どうせ、わからないんだろう。どうせ、伝わらないんだろう。

 そう思って、好き勝手に言っていたのに。ただ、そうやって、甘えさせてくれればいいかな、なんて諦めていたのに。


 解っているの? 知っているの?


 だったら、少しだけ、期待してもいいのかな。

 痕を付けたい、刻みたい。

 そんなことを思う、この気持ちに気づけますか?



「ブルースもちゃんと成長してたんだね」

「お前な……」

「褒めてるんだよ?」

「嬉しくない」

「素直じゃないなぁ」



 背中に回していた右手だけで、いいこいいこしてみた。ツノが邪魔だね。

 憮然とした顔をしているけど、逃げようとはしない。でも、ため息と一緒に緩められた腕に、不満を覚えた。


 やっぱり、わかっていない。決定。



「ブルース」

「何だ」

「どうして君って、こんなに鈍いんだろうね。持ち主に似たのかな?」



 ぎゅっと、代わりみたいに指先に力を込める。装備越しだし、ちゃんと痕がつくなんて、思わないけど、そうした。

 痕をつけられたとしても、きっとその後、お互いに困ってしまうんだろうって、わかっているけど、そうせずにいられなかった。


 本当は、いっそ、痕なんて言わずに、切り裂いてしまいたいとすら、思うのだけど。



「……僕、でもいいんだけど」

「ロックマン?」

「君、僕に爪痕、つけてみる?」



 それでもいいかな、と思う。どっちがどっちでも。

 触れられている、人間なら肩甲骨のあたり。


 それが、かつて堕とされる前に生えていたと言う翼の名残りだと、そう言ったのは誰だったっけ。


 君に切り裂かれて、そこから新しく翼が生えてくるのなら、それもいいかな。

 人間みたいな真っ赤に染まった羽根は、きっと君みたいな色に染まっているんだろうし。



「―――なんてね。冗談だよ?」



 そうだね。それなら、いいけど。


 もし、僕が爪痕をつけて。もし、そこから君に翼が生えてしまったら?

 堕したことのない君になら、もしかしたら、翼だって残っているのかもしれないじゃないか。この冷たい表面の下に。


 そうやって、どこかに飛んでいってしまったら、たまらない。



「お前の冗談は、時どき、良くわからない……」

「うん。そうだろうね。でも、ブルースはそれでいいんだよ?」

「そうなのか」

「うん」

「そうか」



 だから、爪痕をつけるのは、よしておこうか。

 つけてみたい、とはやっぱり思うし、そんな時の顔も、見てはみたいけれど。


 すぐにリカバリするなら、いいかな?

 でも、一瞬でも隙を作るのは、やっぱりイヤかな。大体一瞬だけじゃ、そんなの意味ないし。


 どうしたって、手放したくなんて、ないんだよ。



(爪痕じゃなくたって、いいんだ)




 ただ。そう。


 僕のしるしを、君につけておけるのなら、何だって。



作品名:爪痕 作家名:物体もじ。