自殺願望
いらない機能は削除してしまえばいい。切り離して、ゴミ箱へ。それでおしまい。
そうしてしまえばいいのかな。そうしてしまえばいいんだよね。それで話は終わり、僕の悩みは終わるし、僕が悩ませることもなくなる。
はい、そこで疑問。
じゃあ、どうして僕はそうしないんでしょう。
「ね。不思議だよね」
『…………………………』
「そうしたら楽だって、分かりきっていても、そうしないのって、君は経験ある?」
『……………………………………』
「返事くらい、してくれたっていいんじゃない?」
『………………………………………………』
「君って、ナビより無口だよね。そんなんじゃ、そのうち嫌われるよ? そうなっても僕知らないからね」
ウィンドウの外に見える顔は、さっきから1度もこっちを見ていない。失礼な話だよね。
ちょっとデータでもいじって、顔を変えてみようか。そしたらこっち見るかな?
あ、でも、そもそもは同じ顔のはずなんだっけ。じゃ、意味なしかな。
まったく、元双子なわけだから、好みが似ているっていうのは分かるけど、絶対、僕よりも趣味が悪いんじゃないかと思うよ。
どうなの? 熱斗くん。
「てゆうかさ。君もどうなの、ブルース」
「何だそれは」
「こんな無口なオペレーターって、つまんなくない?」
「お前じゃないんだ」
ナビもオペレーターも、そろって失礼。こういうコンビに付き合ってる僕ら(つまり、僕と、僕のオペレーター)って、かなり心が広いほうなんじゃない。
「でも、炎山くんなら、考えてそうな気がしたんだけどな」
「何を」
「自分ではどうしようもなくて、もしかしたら後で害になるのかもしれない感情を、どう処理するかってこと」
あ、黙った。でも、まさかブルースに限って、僕が何を言いたいのか気づいた、なんてことはないと思う。
たぶん、僕の雰囲気だけ見て、困ったとかそういうのなんだろうな。それだけでも随分な進歩。
オペレーターと違って、何か喋ればきちんと反応するだけ、マシだよね。
そうしないとどんな目に遭うのか、思い知らされてるからだろうけど?
「アポトーシス」
「……多細胞生物の体を構成する細胞の死に方の一種で、個体をより良い状態に保つために積極的に引き起こされる、管理・調節された細胞の自殺のこと」
「正解。ね、これが僕らのプログラムにも組み込まれてるとしたら、どうする?」
「どうもしないだろう。単に不要な記述を削除する、というだけの話だ」
「ま、ね。普通はそうなんだけど」
ああ、そうか。知らないんだ? それとも、気づかないだけ?
そうだね。プログラムの僕らにとっては、それは恐れるべきことではないよ。ううん。どんな生物にだって恐れる必要なんてないことだね。
だって、それはすべて生物にとって必要なこと。個という全体を生かすための機能のひとつでしかない。
生物なら、役割を終えて老いた細胞。
プログラムなら、意味を為さない記述の断片。
それらは、消えるべきものだ。消すべきものだ。
さて、ここでもうひとつ疑問。
生物にとっては恐らく必要で、けれど、プログラムにとっては不要なもの。
ねえ、それは、どう処理したらいいかな。
「炎山くん」
返事なし。まあ、いいよ? ブルースと一緒。どうせ聞いてはいるんでしょう?
「たぶん、君だったら考えたこと、あるよね? 熱斗くんへの感情を、持て余したこと、あるでしょう」
どうせいろいろ余計なこと考えたはずだよね。性別とか、社会的立場とか、生活の違いとか、その他にもいろいろ。
足掻いてたこと、僕は知ってるよ。どうしたって自分で認められなくてそっぽ向いたのも、諦めきって開き直って、何とでもなれとか思ったことも。
可笑しいよね。
僕は、熱斗くんのナビなのに。熱斗くんと、そっくりに造られてるはずなのに。
それなのに僕は、君の気持ちが良く解る。
君の気持ちこそが、どうしようもないくらいに、解り過ぎる。
「プログラムみたいに動くだけなら、不要だよね。煩わされるのは困るし、それで本来の機能とか、君なら役職かな。そういうのが阻害されるのは、絶対に許容出来ないんだ」
そうだよね。至上命令に反する可能性のあるものなんて、許容できるはずがないんだよね。
人間なら可能かもしれないけど。グレーゾーンって、ほんとうに便利な言葉だと思うよ。
けど、それって、プログラムにも適用できる概念?
「でも。僕は、それを、どう扱ったらいいんだろう」
デスクトップ上をゴミ箱まで、ドラッグアンドドロップ。それでおしまい。
そんなふうには出来なくて、でも、人間みたいに、開き直って受け入れることも出来ない。
騙しだまし、守ってきて。消さないように、気を張って。でも、もしかすると、いつかあっさりと捨てなきゃいけないのかもしれないもの。
『…………………………』
開いたままのウィンドウから、答えなんか、返ってこない。わかってた。わかってる。
別に冷たいわけじゃないよね。大丈夫、分かってる。だって、伊集院炎山が、僕に―――光熱斗のナビに冷たくしきれるわけなんてないって、知ってる。
やっぱり似ているよね。ナビとオペレーター。
困ってるよね。ごめん。
でも、熱斗くんには、かけがえのない至上の存在には、けして言えないことだから。同じように彼を大切に思い、そして、同じように、比べたくもないくらいに手放せない存在を持つ君にしか、聞いてもらえないことだから。
「ロックマン」
何も言わないオペレーターの代わり、かどうか知らないけど、後ろから、声と一緒に腕が僕を引き寄せた。
「俺には、細かいことは解らんが」
背中が、ブルースの胸を感知する。そこも、回された腕も、温度設定なんてもちろん施されていないから、温もりなんてない。
それでも、僕は、触れ合った感覚に涙が出そうになった。
安堵なのか、それとも、哀しみなのか。それとも、それ以外の何かなのか。
解らなかったけど、それでも、僕は泣きたくなった。
「不必要なもの、ではないのではないか」
泣きたくなった。
溢れかける涙のデータを、強制的に分解する。水滴の代わりに、吹き散らされた情報の断片が、はらはらと下に舞い落ちた。
「だから―――大丈夫だ」
今、ここで同じように、解れて、散って、消えてしまえたらいいのに。
そう思いながら、それなのに、確かに僕は、うなずいた。