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ネコていうか動物の前になると素直になる人っていますよね。

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戻れなかったらどうしようかと、思いながらも久しぶりの心細さを味わっているときだった。
 ふいに背後から近づいてきた気配に抱き上げられ、不覚にも体がだらりと伸びた。
「晋助さまぁ」
(!)
 どこか甘えたがりの気が強い捨て猫みたいな声の女は、今一番会いたくない男の名前を呼んだ。
 男はのんびりと草履を鳴らしながら歩いて、女の傍らに近づくと煙管の煙をふぅーと大きく吐き出しして徐に視線を投げて寄越した。
「見てください、ネコっすよ。ネコ。迷子になっちゃったんスかね」
 ちょ、やめて。
 マジやめて。
「あ…晋助さま、コイツ、オスっすよ、オス」
(……!!)
 くるりと体を裏返した女が、よりにもよって人の…いや、ネコの大事な場所を平気でガン見するなんざ、最近の子はどうなってんだァァ!!
 恥じらいを持ちなさい!

 ほら、とばかりにだらりと体を伸ばしたままの俺のあられもない姿を高杉の眼前に突き出されて顔を引き攣らせた。
「にゃっ」
 地球の重力に引っ張られてぶらぶらと体が揺れる。
 俺の大事なアレも…アレ、も…揺れ…。
(……)

 もう、ほんとにやめてぇぇぇ!!

 この世の終わりみたいに項垂れていると高杉の指が、ひょいと俺の顎を持ち上げた。
「……」
(……)
 顔を突き合わせたまま、暫く黙っていた。や、黙っていたっつーか言葉も出なかったわけで。や、あの…言葉が出ねーっていうか…俺喋れねーけど。
 久しぶりに見る高杉は少しばかり痩せたかもしれねぇな、とか。相変わらず綺麗な肌してるな、とかそんなことを考えていると、肺まで吸い込んでいた煙を思いっきり俺の顔にかけやがった。
「ニ゛ャアアアーッ」
 悲鳴をあげるように前足で、カシカシと真っ白く煙る空気を掻くと高杉がクックと肩を震わせて笑った。
(……)
 あーコイツのこんな風に笑う顔をいつぶりに見ただろう、などと一瞬、感慨に耽っているとふいに腕が伸びてきて俺の首根っこを捕まえた。
「晋助さま?」
「気が向いた。連れて帰る」
「そんな可愛くなさそうなネコをっすか!?」
 うるせぇよ!可愛げないってなんだコルァ!
 …て言えたらなーーーっ
 じろりと睨むと女は「んだ、コラ」と凄んできた。
「バーカ、ネコなんざ可愛げねぇところがいいんじゃねぇか」
 え、そうなの!?
「ちょ、待って下さいって!」
 俺を片手にぶら下げたまま、高杉は愉快そうに月夜を歩く。なんで俺は抵抗しなかったんだと思ったが、やっぱりこいつの穏やかに笑う顔が見たかったのかもしれねぇ。
 見上げた横顔は月の光に反射して綺麗な陰影をつくっていた。驚いたことに戦場を駆けてたあの頃とコイツの横顔は何も変わっていない。
 そう、なにひとつ。


 どうやら江戸での高杉の住処はそう遠く離れていなかったらしい。後ろのミニスカ女に「何か食わせてやれ」と俺を放り投げて、高杉はさっさと歩いて行ってしまった。その背中に思わず「ニャア」と鳴くと女が俺を抱きかかえた。
「晋助さまは忙しいんスよ」
 へー…。テロの準備ですかぁ?と眉間に皺を寄せると女は俺を無視して板張りの廊下を歩き、どうやら台所にたどり着いた。
「でもあんな風に笑う晋助さま、久しぶりにみたから…今日は特別っスよ」
 特別とか言いながら、皿にてんこ盛りにつがれた白米に味噌汁をぶっかけたいわゆるねこまんまだ。
 ちょ、……いーけど。
 味噌汁ごはん、美味いからいいけど!
 がつがつ食べてる間に、女は傍らにしゃがみこんだままぼんやりと俺が食うのを眺めていた。時折、無造作に俺の頭を掌で撫でたりため息をついたりと忙しない。
「何でも一人で抱え込んで…もっとあたしたちに打ち明けてくれればいいのに」
(……)
 どうやら目下の悩みは高杉のことらしい。
「そりゃあ、あたしなんかじゃ…何の役も立たないって分かってるけど寂しいっすよ」
 なあ?
 と、俺の頭を一撫でする。
 そりゃあ無理だ。
 あいつの性格上、誰かに頼るとか弱音吐くとか絶対ねーから。何でもかんでも腹に溜め込んで誰にも頼らず自分ひとりでなんとかしようとする。まるで周囲に誰もいねぇって言ってるように聞こえて、周りにいる奴らは腹が立つんだ。
(あ、やべ。なんか苛々してきた)
「にゃぁー」
「あは、お前慰めてくれてるんすか?…なーんて、お前に言っても仕方ないっすよね」
 立ち上がって、空になった皿を持つと流しで洗い物をはじめた女の背中はやはりどこか寂しそうだった。
(ったく、馬鹿杉が)
 つーか、なんで俺がお前んとこの部下の女を慰めにゃならねーのか言ってみろ!
 
 するりと台所を抜け出して、巨大な迷路のような廊下を歩くと奥まった座敷の障子が少しばかり開いていた。音を立てずに部屋へと入ると十二畳ほどの畳の部屋に、高杉が座布団に座って本を読んでいた。明りもなく、月の光だけで。
 これまた、その輪郭が在りし日の高杉を思い起こさせて何となくだがむず痒い。黙ったまま、立ち尽くしていると「入れよ」とふいに高杉が声をかけてきた。気づいていたらしい。
 慎重に近づいて高杉の膝の直ぐ傍らに腰を下ろす。見上げて「にゃあ」と鳴いたら高杉は持っていた本を栞も挟まずぱたりと閉じた。座卓に体を凭れさせて暫く俺を見下ろしたあと、両腕を伸ばして抱き上げた。
 ちょ、オイ。
 何する気ですか、このやろう…。
「モフモフ、してもいいですか」
「二゛ャッ!?」
 モフモフ…モフモフゥッ!!?

 ちょ、ばか、やめろ。いや、だめ…ちょ気持ちいいからぁああ!!
 ハアハアハアハア…。
 悶絶していると腹に頬を寄せた高杉が毛を指で梳きながらぐりぐりと顔を埋めてくる。暫く黙ったまま俺の腹の感触を楽しんでいた(かどうかは知らねぇけども)高杉は頭を起こして小さく笑った。
「よく似てやがる」
 呟いたあと、俺を下ろして畳にごろりと横になった。眠いのか目を細めて欠伸を一つ。
(………)
 よく似てやがるって誰にだ。
 誰を思い出したか言ってみろぃ。

 警戒もなく、投げ出した腕も閉じた瞼も、あの頃と何も変わってない。疲れているらしく本気で眠いのか目を瞑ったまま動かない高杉に俺は少しずつ近づいて顔を寄せた。
 侍にしちゃあ、少しばかり華奢な掌に頭を寄せて舌で舐めた。衝動が止まらなくなって、懐に入り滑らかな頬を舐める。暫く顎やら唇やらを丁寧に舐めていると擽ったくなったのか、薄っすらと瞼が開いた。
 唇がひらく。
 油断しきった、ぼんやりとした顔だった。

 緩慢に指が動いて俺の顔を撫でていく。
 その刹那だ。

「銀時…」

 呟いた名前に、堪らず身が震えた。

かし、と畳に爪を立てる。
(そんなの、反則だろうが……)