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抱きしめていいか、とそう言ったそいつの目は心臓がすうとするくらい真直ぐで。いつもそうだ、手をつないでいいか、キスをしていいか、抱いていいか。全て全て、いちいちご丁寧にお伺いを立ててくれるあたり律儀というかお堅いというか、ずるい、というか。そこで俺が否定する訳が無いと、できない、とわかっていて聞くのだ。俺にYESを言わせるのだ、そうして俺の退路を緩やかに塞ぐ。いつだって退路を確保しようと必死な俺の手をその手が、(好きになっても、いいか?)、そう、初めからそうだったのだ。この男はずるい。いや、違う、ずるいのは俺なのだけれども。好きになってもいいか?確かにそいつはそう言った。駄目だと言ったら?そんな事を聞いている時点で、だとか、好きになるってそりゃお前の自由だろうよ、だとか、そんな事が狭い頭をぐるんぐるんと前回りに後ろ回りにとごろんごろん転がってしまって、ああ、きっと、こいつの思う壺。そうわかっていてひねり出したそれが、「好きに、すればいいんじゃん?」どれほど滑稽なものだったかを知っていて尚その言葉を、(じゃあ、好きだ。)、俺は何度も反芻するのだ。(告白の言葉の前にじゃあ、ってなんだよ。じゃあ、って。)
抱きしめて、いいか? もう一度、それは繰り返される。ろくに返事もせずぼんやりとしていたからだ、そこらへんに放していた視線をそいつに遣る。俺が返事どころか視線さえ寄越さなかったのがご不満だったらしい、へそが曲がってらあ。(抱きしめていいか?だなんて。)好きに、すればいいんだ。俺だって。ふわり、不貞腐れているそれを思い切り抱き寄せた。音無の頭を肩を胸を全て俺の腕の中に収める。女子じゃねーんだからすっぽり、とはいかないがどうやら予想以上に良い反応をしてくれているらしい、たまにはこういうのもいい。

抱きしめていいか?そう聞いたきり、昨日だか明後日だか少なくとも今でないどこかへ視線ごと思考をぼんやりと投げたそいつの紫のひとみにため息をひとつ。いつだってそうだ、手をつないでいいか、キスをしていいか、抱いていいか。全て全て、いちいち確認して頷かせないと、この男は誰に手を掴まれいるのかを知らぬまま身を預けてしまうのではないか、と割と本気で心配なのだ。初めからそうだった、好きになってもいいか?そう問うたのは何もお前に許可を請うた訳じゃない。お前の、他でもないお前のその手の中に俺の気持ちを握らせるから、その手で握り潰すでも何でもいいから、他でもないその手で選べと、そう願ったのに。「好きに、すればいいんじゃん?」あのやろう、こちらに投げ返してきやがった。だから俺は何度でも、何度でも投げ続けるのだ。(じゃあ、好きだ。)
抱きしめて、いいか? もう一度、それを繰り返す。一回で通じる相手だとは思っていない、だから何度でも、何度でも。黙って抱きしめればいいなんてそんな話じゃない、それでは意味が無いんだ。お前が俺に抱きしめられる事を選ばなければ意味がない、無いのに、ふわり、やっと視線をこちらに寄越したかと思ったら、それは突然。日向の肩が胸が腕が俺の中に飛び込んできた。くっくと頭上から楽しそうなそれが聞こえる。ああ、やられた。何度も何度も投げ続けて、たった一発返ってきただけでこんなにも、こんなにも。
形だけ悔しさに歪んだ唇から、抑えきれないそれがふはっと溢れだす。畜生、してやられたようで腹が立つけれど、たまにはこういうのもいい。
作品名:001 作家名:きいち