二次創作小説やBL小説が読める!投稿できる!二次小説投稿コミュニティ!

オリジナル小説 https://novelist.jp/ | 官能小説 https://r18.novelist.jp/
二次創作小説投稿サイト「2.novelist.jp」
物体もじ。
物体もじ。
novelistID. 17678
新規ユーザー登録
E-MAIL
PASSWORD
次回から自動でログイン

 

作品詳細に戻る

 

サマーサマーサマー

INDEX|1ページ/1ページ|

 

 溺れそうなくらいの蝉時雨が降ってくる。

 とうの昔にその大音声には慣れてしまったと思っていたが、今年の夏は、暑さも、五月蝿さも、格別だ。



「あっ……ちィー…… 」


 ごろりと畳に転がって、少年は舌を出して喘ぐ。むっとした温度の中、かすかな藺草の匂いだけが涼やかだが、 そんなわずかな気休めなど、まさに焼け石に水。先程まで、冷たい汗をかいていた硝子のコップも、中の麦茶も氷 も飲み干されて、むなしく渇いていくだけになっている。

 力なく摘んだシャツの襟を上下させて風を送っても、さほどに状況は変わらない。いっそ、庭じゅうに落ちてい る蝉の抜け殻の中にでも潜り込んで、冷たい土の中で秋まで眠ってしまいたいなどという、ばからしくも真剣な考 えすら浮かんだ。



「あついあついあつい……」



 冷蔵庫で良く冷やした麦茶。かろんと溶ける氷、甘く輝くかき氷に、ミルクの香りのするアイスクリーム。

 水飛沫を上げるプール、けなげに回る扇風機、何よりも、文明の利器、エアコン!!


 今手元に持ってきてくれたなら、折り合いの悪い兄にですら満面の笑みで抱きつけそうな夢の品々を思い描く。 つぅっと首筋を流れる汗が、気持ち悪い。


 庇から落ちる影の長さで、太陽の高さを測る。昼前から猛威をふるい始めた日差しは、どうやらまだまだ半日ほ どは、大人しくなる気配はなかった。

 背中が蒸れるのを嫌って寝返りを打ち、少年はしばし考える。

 このまま一日中、この暑い中に転がり続けるという選択肢は、さすがにありえない。

 夏が始まって以来、連日利かせ続けたクーラーに、兄が怒って使用を禁じられてしまった以上、いかに怠惰な彼 でも、この部屋から退避する、という手間をかけないわけにもいかなかった。


 では、どうするか。

 誰か、友人の家に転がり込む? わざわざ連絡を取るのも面倒だ。

 公立の図書館か何かなら、冷房もよく効いているだろうが、いかんせん、家から遠い。

 どこか、気兼ねなく涼める場所。

 近くて、金がかからなくて、寛げるような―――



「……プール」



 首だけを、カレンダーに向ける。今日は何日、いや、何曜日だったか。

 夏休み中、中学校のプールは開放されている。在校生なら当然無料で入ることが出来るし、何より、プールの開 放時間であれば。


 止むつもりもなさそうな蝉たちの大絶叫を浴びながら考える。家に居座って、頻繁に台所から冷たいものをくす ねる羽目になる面倒さと、出かける支度をして炎天下を中学校まで行く苦労を天秤にかけて、結局、考えるまでも なく頭の中から流れでた(やたら)涼しげな灰色が、がくんとバランスを引っ繰り返した。



「っし」



 勢いをつけて起き上がると、湿った前髪が跳ねて、汗が散る。じっとりと重くなったシャツを脱ぎ捨てながら、 さて、水着はどこに仕舞い込んだのだったか、と考えた。

 夕方が来るまで、半日。まずは一応、プールにも浸かって涼もうか。いやそれとも。いっそ、最初から。


 冷たい飲み物、氷、おやつ。プール、涼風、クーラー。

 そうだ。欲しかった、ほとんどすべてがそこには揃っているに違いないのだ。


 財布と携帯、引っ張り出した水着とタオルをとりあえず、スポーツバッグに放りこむ。スニーカーをつっかけて 外に出ると、遮るもののなくなった日差しと蝉の声が、ダイレクトに降り注いだ。

 だけれど、今から浸かりに行くのは、暑さでも耳鳴りのような蝉時雨でもなければ、多分きっと―――塩素の溶けた生温い水でもない。


 冷たいお茶と、おやつと、冷房と、笑顔。

 プールが空いていれば、きっと待機しているはずの養護教諭。


 涼しく甘い保健室が、彼が溺れに行く場所だ。


作品名:サマーサマーサマー 作家名:物体もじ。