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ながさせつや
ながさせつや
novelistID. 1944
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sophist

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(あれ……って、新宿の……?)
 田中はその日、休日であった。普段、一緒に行動している平和島とも今日ばかりは別行動。だからといって田中に特に何か具体的な予定があるわけではなかったが。そんな、のんびりとした―――又は普遍的な―――休日に、あまり似つかわしくない顔を、田中は見つけてしまった。
 『新宿のオリハラ』、だ。
 新宿の折原臨也と言えばまぁ、ちょっと危機感に富んだ人間なら知っていておかしくないアナーキーかつ変人であった。僅かほど前までは田中や平和島と同じく池袋にねぐらを持っていたけれど、それはあまり関係のない話だ。結局、折原はどこにいても折原でしかなく、新宿の、と冠がつく割りに、折原は未だに池袋でよく目撃されている。
(見つかる……か? ま、見つかったって俺一人なら……)
 無視されるだろう、と高を括っていたのに、田中の考えに反して折原はさほど近くない距離の彼を目ざとく見つけ(田中の個性的な出で立ちのせいも何割かは作用しているだろうが)、笑顔を寄越した。情報屋、なんて都市伝説のような職業を折原は生業にしていて、恐らく近くに取り巻いていたのは情報を欲して止まない類か、情報を売りたくてたまらない類かのどちらかだ。
 しかしうつくしい笑顔というものはそれがアルカイックでもイミテーションでもただそれだけで効果があるらしい。そっと笑んだだけで、彼の近くにいた人間たちは折原の、その研ぎたての墨汁のような―――或いは無個性をたたえた―――うつくしさへ波紋を描くようにすい、とどこかへ退いてしまって、その辺りはカランと閑散になったのだ。
「田中、田中トムさんでしたっけ」
 うつくしい男がうつくしい音を奏でてやってきた、と田中が思ったかは知れないが、折原はやはり無駄なく無個性さを有していた。声まで無個性だと、もはや折原は実在するのかとすら疑念を抱いてしかるべきだ。
「ああ、田中だ」
「静雄くんがお世話になっているようで」
「静雄くん……」
「平和島、静雄ですよ」
「アンタがそう呼ぶと変な感じだな」
 折原は確か、平和島をシズちゃん、と呼ぶ。田中は幾度か遭遇した記憶を叩き起こし考える。やはりシズちゃん、だ。
「だって本人以外に使うのもなかなかねぇ」
「まぁいいがな。今日は静雄、いないけど」
「分かってますよ。だから静雄くん、なんですから」
「へぇ。情報屋ってのは何でもお見通しだな」
「そうですね、ある程度は」
 声の高さも質も抑揚も全てが中庸にして平均値なのだろう。耳ざわりは良いのに、あまり印象に残らない。この情報屋が、何故自分になど近付くのだろう。田中はそればかり考える。理由があるとするならどう見ても平和島のことなんだろうけれど。
「もうひとり、知り合いに田中姓を知ってますけど、田中さんはお優しそうですね」
 褒められてるんだかけなされているんだか。折原の口ぶりはまるで処女を誑かす紳士のように屈折している。その誘いに応じてはいけないのだ、と田中は折原の瞳をじっと見つめてみる。黒い。髪も瞳も、この男は恐らくブラックホールなのだ。
「アンタ、折原だっけ。静雄ともうちょっと仲良く出来ねぇ?」
 折原が去る気配はなく、仕方なく話題を振ってみる。もう少しだけ、この男が自分の後輩と上手くやれたなら、社長の胃に穴が開きそうな生活も改善されそうなものだ。が、しかし。
「俺としてはこれ以上、彼と上手くやる方法を知りませんねぇ。情報屋にだって仕入れられないネタはありますよ」
 黒い波紋はゆるりと歪んで笑みを立てる。ぞわ、と、肩甲骨あたりに悪寒を感じて田中は身じろいだ。何が恐ろしいかと言えば、目の前の男がそれを本気で言っていることだろう。
「俺は」
 折原はやはり形のよい唇で嘯くように語りだす。嘯くように、であって、嘘をついてはいないのだと、田中はそう感じていた。
「俺は彼に嫌われてますけど、まあ俺も彼には死んで欲しいです。でも彼の大切なひとたちには危害、加えてないですよ。彼自身にはちょっとばかり冤罪押し付けたりとかしましたけど、田中さんとか、彼の弟とか、色々。彼がきっと大切だって思ってるひとには何もしてない。これってかなりの誠意ですって、情報屋としてはね。だって平和島静雄、っていう存在の敵は俺ひとりじゃないじゃないですか。どっかの闇医者が言ってましたけど、平和島静雄の身体能力は既に進化なんだって。だとしたらほら、俺が殺すとかそうじゃなくて、どこかの誰かに切り刻まれて中の中まで調べ上げられてしまう可能性を考えたことはないですか?」
 にやりとも言いがたい、食った笑みで折原が言い切る。滔々と朗々と、まるでもう何百回も継いだような語り口調であった。けれどそれはまだエピローグではなかったらしい。
「そしてともすれば、刃物が突き刺さらないあの男自身より、もっとずっと弱い、でも彼の弱点になるようなものとか、そこからつけいると思いません? 俺は優しくされたことなんてないけど、彼はやさしい男でしょう? 例えば万が一にも貴方がさらわれたなら、解放の交換条件で自分を差し出すのは容易いでしょうね」
 それを否定できるほど、田中は平和島を知らないわけではなかった。そういう男だろうな、と溜め息を漏らしたくなるが、折原に悟られまいとこらえる。
(そうしてお前さんは、静雄を守ってやってんのかよ)
 ならばお前が何より大切な弱点になってやればいいのに、などと他人任せなことを田中は思う。二人にとってそれが一番建設的な未来ではないのか? なんて、大きなお世話な心配までして。しかし、それはすぐに折原に見透かされたようだった。雑踏に混じればすぐに消えてなくなるチャネルで、折原は言葉を繋いでいく。
「それに、俺だって彼に、静雄くんにとっては大切な存在ですよ」
「嫌われてるのに?」
「大切なひと、というわけではなくて、大切扱いもされたことないですけど、それでも俺は彼にとっては大切だと思いますよ。何故なら存在意義だから。無条件でこれだけ嫌われるってある意味すごいですよね、俺、何もしてないのに。でもねそれこそが存在意義なんだと思いませんか? 彼はだってやさしい男なのに、俺にだけそれが上手く出来ないでいる。彼は俺を嫌うためだけに存在している。それって彼にとっては相当、俺は大切な存在ってことでしょう?」
「詭弁だな」
「真実の言葉は脆くも危ういものですから」
「詭弁だろ」
「まあ詭弁です」
「ふうん」
 うつくしい理論展開は崩落しているが、それを信じ込ませるに足る何かを折原は兼ね備えていて、この男に何より似合いの職業だなと、田中はそれだけ思った。
「じゃあコレで。『シズちゃんに宜しく』って、お伝え下さい」
 相対した時とは逆に、今度はざわざわと波が寄せるように人ごみに周囲が埋もれていく。折原の姿はいつの間にか見えず、田中と言えばあの男の正体ばかりをぼんやりと考えてみる。裏を返せば、平和島に嫌われるためだけに存在している、そんな歪な情報屋は哀れだな、などとそればかり。

2010.3.6
作品名:sophist 作家名:ながさせつや