コールド ブルー
この身を焦がす、業火の蒼。
京都の夜は静かだ。
特にこの出張所の夜は、静まり返っている。
仄暗い庭、遠くに聞こえる、駐在している僅かに残った無事だった祓魔師たちの声、気配。
そういうものを背景に、奥村くんは笑う。
その姿は自分とどこも変わらないのに、その背に揺れる尻尾だけが、彼が『そう』であることを表している。
「お前はカッコ悪すぎるんや」
「なんで関西弁!?」
いつもいつもいつも。
真っ直ぐに前を見て、後ろを振り返らずに、がむしゃらに立ち向かう。
その姿は、自分には眩しすぎる。
面倒なことが苦手。重い空気もしんどい現実も。
楽しいことが好き。キモチイイことも。
そうやって面倒なことやしんどいことから逃げ続けた自分には、目が眩むほどの強さだ。
「……なあ、奥村くん」
「何だよ?」
腰掛けた岩は思いのほかひんやりとして、自分の熱をじわりと奪い取っていく。
例えるなら、自分はこの岩のよう。
氷のように冷たく冴えて、まわりの熱を少しずつ奪って生き永らえる。
誰からも一歩、一線、見えない壁、そういったものを作って、笑顔を貼り付けて。
今、彼と自分の間にある空間のように。
「――――しんどないん?」
いつでもどんな時でも、顔を上げて真っ直ぐ前を見続けること。
殴られても罵られても拒否されても、そこに立つということ。
「……しんどくねーワケねぇじゃん」
少し考えた後、カチリ、恐らくアルコール飲料が入っているのであろう缶の口を、その鋭い牙で噛んでから、奥村くんは呟いた。
その目が、ゆっくりと自分の方を見る。
「でも、俺は俺だから。やるっきゃねぇなら、しょーがねぇ。やってやるよ」
何かに挑むような、強い笑顔。
真っ直ぐに自分を見る瞳から、見えない何かに立ち向かう彼の全身から、立ち上る青い炎の幻影を見る。
眩しい眩しい、青い炎。
その熱を奪い温まった見返りに、この身体を差し出す。
冷たく固まる、心ごと。
「…だからさー、ビビんのも分かるけど、諦めて欲しいわけだ、俺としては」
たはは、と照れた笑いに変わった奥村くんからは、もう青い炎の幻影は見えない。
照れ隠しのように揺れる尻尾が面白くて、少し笑った。
「……ビビってなんかおらへんよ。言うたやろ?」
怖いだなんて思わない。
坊や子猫さんにはそれぞれの感情があるんだろうが、自分は案外冷めた目であの炎を見ていた。
あの二人は真面目で、色々と考え込むし抱え込んでいるから―――自分のように、素知らぬふりなどできないから。
けれど、自分の経験していない悪夢に、どれほど現実感を持って向き合えるというのだろう。
だから単純に、思った。
――――ああ、綺麗だ、と。
そうして、あれが、自分を暖め、溶かす炎なのだ、と。
「でもよ…」
じゃあ、この距離はなんだよ。
とブツブツ呟く奥村くんの尻尾が、相変わらず彼の背中で揺れている。
「そっち行ってもいいん?」
温かな炎に、これ以上近付いても?
きっと自分は、際限なくその熱を奪い、手放せなくなるだろう。
冷たく凍えて固まる自分を、溶かしてくれるその青い炎を。
「だって、話し辛いだろ」
「…ブフッ。…素直やないねぇ」
「何がだよ」
座っていた岩から腰をあげ、彼の正面へゆっくりと歩み寄る。
見下ろす炎は、今は鳴りを潜めているのに、彼の側に来た、たったそれだけで、もう心がほんわり温かい。
「こっちおいで、って言うたらええねん。そしたら俺、いくらでも奥村くんの側、行くで?」
屈み込んで、奥村くんの深い青色の瞳に近付く。
ああ、そこにあるのは、あのあおいろのほのお―――。
「……じゃあ、こっちこい」
伸びてきた手が、そっと手を取る。
重ねた数珠が、小さな音を立てた。
「奥村くん…?」
「怖くないなら…なんで震えてるんだよ、お前…? 寒いのか?」
「…え」
「冷てぇ手してんなー。夏だぞ、今?」
そう言って、両手で包み込まれた掌に、じわりと彼の熱が沁み込んでいく。
ああ、そうか。捕まってしまったんだ。
あの、青い色をした、優しい炎に。
「あっためて、くれるん…?」
「? おう。しょーがねーからな」
笑う顔が、近付く。
それは、つまり。