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おもいで

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真昼の日差しが丹精込めて刈り込まれた芝生の上に、濃い影を落としている。
 追いかけていた蝶々を庭園の花の群れのなかに見失って、さて次は何をしようかとぼんやり爪先で地面をほじくり返していると、屋敷の方から父が自分を呼ぶ声が聞こえた。
「ルーク、こちらへ。」
 振り向いた先に、父が見知らぬ少年と並んで立っていた。
 降り注ぐ日に抗うように、ぴんとそらされた少年の背丈は父の腰の辺りで留まっている。
 父は背の高い人だったが、それでも屋敷で働く大人たちを見慣れている目にはその金髪の少年は明らかに子供で、物珍しさに思わず胸が高鳴った。
「今日からお前の側仕えとして働く者だ。覚えておきなさい。」
 少年は胸に手を当てると、膝を付いて頭を垂れた。
「お初にお目にかかります。ガイ・セシルと申します。今日よりルーク様のお身の回りの役を賜りました。」
 ガイは大人びた品のある仕草で、恭しく自分の手をとりこちらを見上げた。 けれど見上げてきた蒼い眼はその時恐ろしいぐらいに真っ直ぐで、目が合った途端に自分はその手を引き抜いてしまった。
 「ルーク様?」
 「ルーク、どうしたのだ。ガイが驚いているだろう。」
 父から叱咤されておそるおそるガイに向き直ると、彼はきょとんとしてこちらを見ていた。
 再び目が合う。ガイはにっこり笑って立ち上げると、振り払われた方の手を再び自分の胸に当てて道化師のような大仰な礼をした。
 「至らぬものではございますが、ルーク様のお役に立てれば幸甚です。」

 






「出来ましたわ!さ、こちらを向いて下さいな、ルーク。」
少女が笑うたびに、けぶる金色の髪が春の日差しに柔らかく輝いて揺れる。
少しいびつな白詰草の指輪が、砂糖菓子のような白い指に大事そうに摘まれていた。
「さあ、わたくしの指にはめて下さいませ!」
突然の申し出に驚いたけれど、彼女のはちきれんばかりの笑顔を見るとどうしても断ることが出来なくて、 自分はそっと指輪を受け取った。
品を失わない程度に勢いよく突き出された愛らしい指をとって、恐る恐るそれを通してゆく。
けれど、不器用な幼い指に散々弄ばれて萎れた草の茎は、指輪の形を保つことが出来なかった。
小さな花の輪はナタリアの指から自分が手を放したとたん、呆気なく解けてぽとりと落ちてしまった。
「あ・・・・・・。」
 2人して、しばし呆然と落ちた花を挟んで固まってしまう。  はっと我に返れば、真ん丸に見開かれた緑色の瞳は今にも涙の雫を零さんばかりに潤んでいた。
 だが幼くとも誇り高き王家の娘は、そこでぐっと唇を噛んで踏ん張った。
「…少しだけお待ちになって下さいませね。もう一度作り直しますわ。」
そういってしゃがみ込んだ彼女の手を引っ張って、自分は一つの約束をした。
恥ずかしくて、嬉々として差し出された小指に自分の小指を絡めることは、どうしても出来なかったけれど。







柔らかくて甘く香る、白い花の様な掌が、額にそっと降りてきた。
「ルーク、ルーク。」
優しい囁きが耳をくすぐって、まどろみの帳が少し薄くなる。
遠くで静かに扉が開く音がした。
「シュザンヌ。またここにいたのか。」
「まあ、お帰りなさいまし。お早いお帰りでしたのね。」
「早く部屋に戻りなさい。お前はまだ体が充分でないのだから。」
「申し訳ありません貴方。でも少しでも離れていたくなくて。」
苦味を含んだ父の声に、母が柔らかく抗う。
「ほら、ご覧になって?なんて可愛らしいんでしょう。この子のお鼻、こんなにちいちゃいのに貴方にそっくり。」
「そうだろうか。……目の辺りは君かな。きっと君そっくりの、我の強い子になるぞ。」
「あら、ではこの子が誰かさんにそっくりの気難しい頑固者にならないよう、気をつけなければ なりませんわね。ぐずる時に眉をしかめる癖は、きっと貴方譲りですもの。」
「む…私を赤子と一緒にするな。」
「ふふふふ」
慎ましやかな微笑の気配が、静かな部屋に満ちてゆく。
「あら、ねえ貴方。今この子笑いましたわ。」
「シュザンヌ、ルークは生まれたばかりだぞ。眠っているばかりで、何も分かってはいまいに。」
「でも、今確かに笑いましたわ。ねえ、ルーク?」
「……ルーク?………。やはりお前の見間違いだろう。まだ目も開いていないのだぞ。」
「いいえ、きっとこの子には私たちの事が分かるのですわ。ね、ルーク。そうよね?」
柔らかな体に抱きしめられて、母の心臓の鼓動が伝わってくる。
懐かしく響くその音は、まだ暖かな海の中にまどろんでいた頃聞いていたものと同じだった。







「なあ、今のはお前の記憶だったのか?」
ルークは閉じていた目を開くと、腕の中のアッシュに語りかけた。アッシュは硬く目を閉じたまま答えない。
「俺の記憶な訳ないもんな。俺、まだ生まれてなかったんだから。」
アッシュは何も言わない。苛烈なまでに燃え盛る紅蓮の焔は消えてしまった。
もう何もかも永遠に戻らない。
「お前の大事なものだったんじゃないのか。
俺にはない、お前だけの大切な宝物だったんだろ。なのに、お前は、俺に。」
視界が歪む。アッシュの、傷だらけで静かな顔が歪んで見えなくなる。
「馬鹿だなあ、お前。俺だって、もう、消えちまうのに。」
うっすらと透けていく掌で,それでも懸命に、汚れた静かな顔を拭ってやる。
白く乾いた頬や血がこびりついてひび割れた唇が、どうしようもなく悲しい。



轟々と周りに吹き荒れている光の嵐が、またその勢いを増したようだった。
作品名:おもいで 作家名:アケノ