二次創作小説やBL小説が読める!投稿できる!二次小説投稿コミュニティ!

オリジナル小説 https://novelist.jp/ | 官能小説 https://r18.novelist.jp/
二次創作小説投稿サイト「2.novelist.jp」

センパー・フィデリス

INDEX|1ページ/1ページ|

 
「違うの!」
「あ?」
「もっとね、ふわあーってして、ぎゅーってして、きゅっ、て感じじゃないとやだ」
「擬音で喋んな」

全身を使って「ふわあー」や「ぎゅー」のイメージを伝えようとするルルススを見て、リヒトは大仰に溜息をついた。
彼女の突拍子も無い思いつきや我が侭はいつものことだけれど、慣れればどうこういうものでもない。
子供のごっこ遊びに素直に付き合ってやるほど、青年は無邪気でも無ければおおらかでも無かった。
王子様みたいにルルススの手をとって、あなたにつくしますってキスしてよ。
……そのリクエストにリヒトは散々文句を言って、そして言い返して来たルルススの手をひょいと掴み愛情も何も無いキスをくれてやった。
そして、今に至る。

「あのな、んなことキラーに頼め」
「やだリヒト分かってなぁい」

顔の正面にぴっと人差し指を突き出し、ちっちっち、と小さく振る。
そんな腹立つ仕草何処で覚えた、と言いそうになったのをリヒトはすんでの所でやめた。
いちいち彼女のやることなすことに口出ししていたら体が幾つあっても足りない。

「だってねだってね、」

(何で今日出かけてるんだあの役立たず)

「『おすわり』って言って『はいわかったワン』って座るのなんてエクレメスのとおんなじだもの。ルルススおんなじはやだ。だからリヒトがいいの」

まさに今心の中で罵倒していた銀髪の同僚の言われように、堪らず声をあげて笑った。
何で笑うのよう、と頬を膨らます少女が可笑しくてまた笑う。
文句一つ言わずにこのお嬢様のお守りをする青年は、殺戮者の名をもつあの男は、この娘にかかれば犬なのだ。今頃はエクレメスの『犬』と剣戟ごっこに興じているのだろうか。
キラー、ボコボコにしてこい。
ルルススに面倒くせえこと教えたのは十中八九あの騎士様だ……別に本人達にその気は無かったんだろうが、結果論だ。

「おいガキ。傍に置いとくんだったらそういうお犬様の方がいいぜ」
「や!」
「あのなあ、俺みたいなのは口だけで上手いこと言って腹の底じゃ何考えてるか分かんないんだぞ」
「知ってるもーん。だからリヒトがいいの」

笑う。
口調とは裏腹にその少女の笑顔は普段の物とは違って何処か艶めいていて、そのギャップがリヒトには酷く不愉快だった。
鬱陶しいとか、面倒とか、そういう普段彼女に抱くものとは違う、嫌悪。
それを知らないままで彼女は笑う。

「それにリヒトはルルススを裏切ったり出来ないんだから。もし、もしもリヒトがルルススを裏切ったりしたら、ルルススは毎晩毎晩一日もかかさずにリヒトの枕元で歌ってやるわよ。死んだって化けて出て歌うわよ。ね、やでしょ、リヒト嫌いでしょ、ルルススの歌」
「……ああ大嫌いだね。安眠どころか永眠しちまう」
「でしょでしょ。だからリヒトは犬じゃないけど、ぜーったいずーっとルルススの味方なのよ」

ああ、とリヒトは自分の胸に巣食う嫌悪の正体を知る。
俺はこいつがこいつ自身の力を語りちらつかせるのが気に食わないのだ。
存在自体が毒であり罪であり呪いである彼女が紡ぐ歌は世界を殺せる凶器だった。
だから臆病な世界は監視者を造り、『時計台』を造り、それでも怖いとあの巫女を造ったのだ。
でも彼女はこの程度の存在だ。
同じ年頃の少女のように様々なものを愛し嫌い焦がれ欲しがるそれだけのものだ。
つまらない、と思う。
馬鹿馬鹿しいとも思う。
彼女はただのつまらないありふれた少女だ。
けれど、呪いだ。
それはもうどうしようもない現実だった。
もしも自分にその力があれば幾らでもこの歴史を引っ掻き回し一世一代の神曲を書き上げてやるのに。
無いもの強請りだと分かっていても、それでも思う。
だからここにいる。
限りなく穏やかに密やかに、主役を奪い取るために。
この三文歌劇から、彼女を引きずり降ろしてやるために。

「あーあ」

アンデルセンの絵本から抜け出した王子様の格好で跪き恭しくルルススの手を取った。
こういうのがいいんだろ、と言うと満面の笑顔が返ってくる。
歳相応の拙く純粋な笑顔。
それはとても可愛らしくて、だから大の男が二人がかりでもこの女王様には逆らえないのだ。
持って生まれてしまったもの――力とか、運命とか――そんなものを、抜きにしても。

「面倒くせえなあ」

だから鼻で笑って、誓いのキスを。