零れ落ちるデータになりて
時計を見ると通常起きている時間より一時間は早く、そして目覚ましもその一時間後になるように設定されていた。つまり、今瞼が開いた自身だけが早とちりした世界。
夏に近づいてきたか薄暗いといえどかなり陽が差してきており、カーテンもライト・アップされている、と表現するのは少しナルシスト的表現になるのだろうか。
数時間前、この部屋で手塚を押し倒した。俺のデータによると彼は五十八キロ、俺はガタイがいい訳でもないと思うのだが、不思議なことに九キログラムの差が発生しているのだ、マイナスの方向に。
そんなもの容易い。少し力を込めればあとは重力にお任せ、と言ったところだろうか。
学校帰りの彼は丁度衣替えの時期で白シャツの半袖から生白い腕がえらく映えていた。
運動が苦手な人に多いかと思うのだが、彼には俺のデータという努力と才能をもってしてもそれを凌駕してしまう双方を持ち合わせている。そんな色白な腕で?そんな細い手首で?
という疑問が俺の頭を掠めた時には既に手塚は俺を真下から見上げていた。
「柳、俺は相談をしに来ているんだ。疲れてはいない」
流石、手塚だ。
「第一声がそれでいいのか」
「どういうことだ」
「誰が起きていいと言った」
タイミング良く時計のカチリ、という音が声の終わりと重なった。極極自然に、まるで何時もの朝、起き上がろうとするような、そんな自然。だから制止した。手塚も”そうではない”と気づいたのか無意識だろうが目を細める。(それが煽る対象になっているのを彼はきっと気づかないのだろうな、この先も)
愚かだ。
俺はベッドのサイドへ回り、起きることを一先ず止めた手塚の耳元で告げた。
「お前はテニスにはない隙がありすぎる、それは見せない方がいいだろう。今後の為にも」
どちらの意味で理解してくれても構わない。俺は背中をポン、と軽く叩いて起きる事を促した。その時に手塚が震えている事が伝わった事までは告げなかった。
「ああ、忠告ありがとう柳」
彼の普段の隙が恐い。それがテニスに影響することはあってはならない。ならば?うまくそれを掬い取りつつ生かせる人物は?
そう思い寝返りをうつと彼の匂いがほんの、ほんの少し残っていた。彼の体臭と少少の汗の香り。…俺は、
作品名:零れ落ちるデータになりて 作家名:灯子