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【APH普露腐向け】偽りの共鳴

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「なぁ……イヴァン。お前、何しに来たんだよ?」
 不機嫌そうに発せられた声を聞き入れる事はなく、イヴァンは書架の前に立ったままただぼんやりと整頓された本の背表紙を眺めていた。そこに刻まれたドイツ語の意味を理解しようとする気など毛頭ない、まして背にした簡素なデスクに放り出された書類に紛れた、彼の最も愛する者の面影などまるで興味はない。
 分断されたまま、会う事さえ容易ではないはずの弟を、それでも彼は片時も忘れてはいないのだろう。彼らの纏う尋常ではない雰囲気が脳裏を過るその度に、イヴァンは微かに首を振るう。
「ねえ……ギルベルト君って、ブラコンだよね」
 唐突に、不躾に発した言葉に、相手の溜息が落ちる。背表紙の語を見つめながら、それでも彼の表情は想像出来るような気がして……伏し目がちに、その視線は床へと落とされる。
 いや、本当は知っているのだ。彼らの関係は、とっくにそうした次元を超越しているという事を。それは既に肉親としての情を凌駕し、恋人と呼ぶ事さえ疑問に思えるほどに、強く深い執着がそこには存在するという事を——。
「まあ、俺様の弟は可愛いしかっこいいだろう? あれは自慢の弟だ。……お前、酔ってるのかよ?」
「んー……。そうだねー……………」
 確かに、ウォトカを口にしてはいる。浴びるほど飲んだ覚えはないが、現実感なく見つめるその先にあるものは一切印象に残る事はなく……やはり、正気ではないのかもしれないと口角を僅か上げた。
 そう、正気の沙汰とも思えぬのだ。彼らも……己自身も。
「…………ねえ、どうしてギルベルト君は自分の弟に乱暴な事をしたの?」
 小さな吐息、凍り付く気配。そして……落とされる沈黙。そこでようやく、イヴァンはわずかに振り返り、椅子に座った男の瞳を盗み見る。血のような真紅、彩るは炎が如くの激情。ふざけた男に見えて厳格で潔癖な一面も併せ持つ彼の事だ、斯様な事を口にすればさぞかし嫌悪感を露にするだろうと、そう思っていた。だが、視界の端に映し出された燃える赤はただ強過ぎる感情を映すばかりで、それも不意に細められ……男の唇は微笑を象る。
「……んなこと聞いて、何になるっていうだよ? 止めておけ、他人が口出す事じゃねえ」
 それは確かに、他者の入り込む事も出来ない、二人だけで完結された世界だったのだろう。瞼の裏に今もなお強く焼き付いたままの情景は……狂気でしかなく。蕩けそうに優しい囁きと暴行が結びつくなど到底信じ難く……いや、わからないでもない。暴力で屈服させながらも優しく触れようとする手を、知らないわけではない、だからこそ……。
「どうして? だって、知りたいんだ。ギルベルト君は、ルートヴィッヒ君のことを愛してるんだよね? なのに……だから……?」
「……さぁな。どっちにしても、お前には関係ねぇよ」
 無造作に髪を掻きむしり、視線は机上へと注がれる。彼は無意識に愛しき者の面影を探すのだろうか、愛用のペンを、革製の栞を、鉄十字をあしらったモチーフを、そしてひっそりと切り抜かれた古い肖像や写真を見遣る瞳はどこか冷めていた、だが諦めと無関心を装おうとも……誤摩化しようもない激しさをもそこには存在し得ては……——。
「そうだよね、関係ない………けど、…………………ちょっと、羨ましい、かな…………………………」
 求め合う狂気、共鳴する肉体と精神。閉鎖された世界で二人、寄り添い堕ちていく。血と暴力、墜落するほどの快楽に蝕まれ、その毒牙に喰らわれようとも……そうまでも求められているなど……——。
「僕も………………ギルベルト君みたいなお兄さんが、欲しかった……なぁ……………」
「…………ちょっと待て。正気か、お前」
 顰められた声に答える事なく、そのままイヴァンは部屋の隅に置かれた寝台の上へと乗り上げた。それは決して寝心地の良いものではないのかもしれないが、固く冷たい石の床とは比べようもないと、その白い頬をぼんやりと寄せる。白いシーツは程よく冷たく、その心地良さに瞳を閉ざす。
 あの時知った感覚を、感情を、どうして忘れる事が出来るのだろうか。触れられた安堵、求められることへの期待、暴力的な激しさはまるでその気持ちの強さの表れにも思え……——。
「ねえ、ギルベルト君。ここは……寒いよね」
 身も心も凍るような寒さ、広野にただ一人残される不安。求めた温もりは、裏切りと打算と憎悪に満ち、その全てがてのひらからすり抜けていくかのようで……。揺るがない絆を、どれほど羨んだ事か。強権による支配ではない、甘い枷に絡め取られた彼らを。強すぎる依存と執着を、その果てに行き過ぎた激しい行為を。
「……そのくらいにしておけ、酔っぱらい」
 微かにベッドが軋み、薄目を開けて見上げれば……呆れた様子で小さく吐息がこぼれる。それでも、節くれ立った無骨な指先はそっと髪に触れ、その心地良さにイヴァンは瞳を細める。
 彼は、慕って来るものを突き放す事を、極端に不得手としているのだろうとは、何となく想像が出来ていた。手を伸ばして縋りついて来ようとした愛しき者を切り捨てて今ここにいる彼は、それが罪悪感となり得るのか。それともあの青年が今よりもずっと幼い頃のことを思い出すのか。いずれにしろ、兄として求められる事に慣れ過ぎていた彼は——無意識のうちにその面倒見の良さを発揮させていた。
「……………僕、じゃ、ルートヴィッヒ君のかわりには……なれないかなぁ?」
 消え入りそうな囁きに、触れていた手の動きは止まる。横目で見上げたギルベルトは険しい表情のまま空を睨んでいた。
「だって、ルートヴィッヒ君だって……きっと、今頃………………」
 繋がれていた温もりを切り離されて、平静でいられぬのは……絶望の淵を漂うのは、むしろあの青年の方ではないのかと、ぼんやりと思う。解放は必ずしも安堵とはなり得ず、激し過ぎる行為に慣らされた身体を持て余しては——。
「………あいつが自分で選んだ事に、俺は口出しする権利なんてねーよ……」
 詰めた息を吐く、ぎらりと宙を睨んだ瞳が一瞬鋭さを増す。憎悪と諦めが入り交じる表情に、それでもイヴァンは僅か表情を緩める。自ら手を伸ばし、頬に触れる。柔らかく笑む。
「別に、ルートヴィッヒ君の事を裏切るってわけじゃないよ。ギルベルト君が何を考えていても、僕は気にしないから…………」
 ただ、凍えそうな心を身体を、どうか……——。
 見つめる真紅は未だ険しく、だがそれはどこか哀れむようにも映る。
 それが同情であろうとも、一向に構わない——。
 触れる温もりだけが、溺れ行く感覚だけが現実で、だからこそ……。

「ねえ、ギルベルト君…………」

 もう一度、小さく名を紡ぐ。その瞬間交差した視線は強く貫き、そうしてその薄い唇は笑みを刻む。どこか悪人じみたその微笑は、けれど何故かひどく痛々しくも映り、気がつけば縋るようにギルベルトの腰に手を回していた。

END.