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All I want is a lullaby

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「志摩!」
 目覚めて一番最初に見えたのは、青い色。

「……奥村、くん…?」
「おう! よかった…お前…三日も目ェ覚まさないから…」
 言われてぐるり、ゆっくりと辺りを見回す。
 正十字学園、祓魔塾内の、救護室…だったはず、という程度の認識の、天井、壁、ベッド。
 そうして、奥村燐。
 それだけが、世界の全てみたいに、静かな室内に存在していた。
「みんな、は…?」
「ん? しえみと出雲は救護の手伝い。勝呂と子猫丸は後片付けの手伝いしてる」
 ベッドの側にある椅子にどっかりと腰掛け、開いた両足の間に手をついて、彼は笑って近況を報告してくれた。
「候補生の中じゃお前が一番重症なんだぞ、志摩」
「……奥村センセ、は?」
「―――まだ」
 寝てる。
 ふい、と入り口の方に視線を移し、小さく呟いた彼の声に、最後に見た奥村先生の背中が甦る。
 思い出すのは、大型の悪魔。
 異常な瘴気と力―――それに対抗できるのは、奥村くんの青い炎しかない。
 最前線に立ち、傷だらけで戦う彼を助けたくて、無謀にも飛び出した自分に伸びた、悪魔の手。
 それに中てられてくず折れる間際、こっちを振り向き走り寄ってくる青い炎が泣いている様に揺れたのを見た。
 その後ろに迫る悪魔と、青い炎の間に飛び出した背中は―――誰のものか、知りたくも、ない。
「でもよかった! お前の目が覚めなかったら…どうしよう、って…」
 戻ってきた青色の視線が自分を捕らえ、じわりと滲む何かを隠すように俯く。
 その肩が震えている。


 失うかと思った――――また。


 そう、見えないはずの彼の青い炎が泣いている。
「はは…阿呆やなぁ…奥村くんは。俺が奥村くんおいてくワケ、ないやん…」
 搾り出す声は細く、息を吐く度胸に激痛が走る。
 それでも顔には笑顔を浮かべた。手が伸びた。
「志摩…」
 伸びてきた手をとり、両手でしっかり握ると、彼は縋るようにその手を額にあてる。
「心配してくれて…ありがとぉ」
 だから、わろて?
「―――おう」
 顔を上げたその顔は、笑顔。

 ああ、よかった。やっと俺をみてくれた―――。

 安堵の溜め息を吐いたその時、入り口の扉が勢いよく開かれた。
 …嫌な予感が、した。


「燐! ゆきちゃんが目を覚ましたよ!!!」


 扉を開いて現れた杜山さんが、息を弾ませて口にした言葉に、奥村くんが弾かれたように立ち上がる。
「あ、志摩くんも目を覚ましたんだね、よかった…!」
 杜山さんの声が、言葉が、自分の上を滑っていく。
 ふらり、奥村くんが入り口の方へ一歩足を踏み出した。繋いだ手が、引っ張られていく。

 ―――おいていくん? 俺を?

「雪男、目、覚め…?」
「うん。だから燐も安心してね」
 それだけ言うと、杜山さんはそっと扉を閉じて部屋を後にした。
「あ…あの、しま」
「いかんといて」
 何かを言いかけた奥村くんの言葉を遮り、声を絞り出す。
 怪我のせいか、それとも捩れた想いが喉に貼り付いたせいか、声は掠れていた。
「志摩…?」
「俺も…いま、目ェ覚めたトコやし、まだ、身体イタイねん…ダメ?」
 立ち上がった彼を繋ぎとめるのは、自分の手。
 すでに半分外された、繋いだ手。
 それを、今出せる力全てを込めて握り締めた。
 行かせない。
 例え全身に激痛が走り、もうこれ以上動けないのだとしても、この手だけは離さない。
「志摩…」
 困った顔をして、何かを言いそうに口を開く。

「奥村くんは、俺の、コイビトやろ? なぁ……燐くん…! お願いや…。ここに、もう少しだけでええから、ここにおって…!」

 ちょっとだけ行って来てもいいか、と続くであろう言葉を、自分の掠れた声で封じた。
 この世でたった二人きりの兄弟。かけがえの無い家族。
 それはわかっている。知っている。
 けれどそれよりも強い何かが二人の間にあるような気がして――――自分と繋がるこの手を離せない。
 見下ろしてくる青色の瞳が揺れている。
 わかってる、わかってる。
 だけど――――。
「…バーカ。どこにも行かねぇよ。ったく、しょーがねーなぁ」
 繋がる手に、力が込められる。
 そうして転がった椅子を直し、またそれにどっかりと腰掛けた。
「りん、くん…?」
「ここにいるよ。安心しろ」
 空いている手が頭に伸びてきて、ゆっくりと撫でた。
 慈しむような笑顔が、まっすぐに自分を見ている。
「……ありがとぉ…ごめん、な…燐くん…」
 撫でる手の温もりが、繋いだ手から伝わる鼓動が、全て自分のモノならいいのに。
 こんなにも、欲しているのに、彼の向こうに見えないはずの誰かを見る。
 彼は、自分だけのものではないという事実が、暗く影を落とす。
「なーに言ってやがる。怪我人は大人しく寝てろ。…ちゃんといるから」
「…ん」
 閉じた瞼は重く、吸い込んだ空気は冷たく肺に満ちてひどく痛んだ。
 繋がれた手から、じわりと熱が広がっていくのを感じて、満たされた気がするのに。
 同じくらい、怯え、冷えて凝り固まる欲が腹の辺りに重く圧し掛かった。

「おやすみ、志摩」

 暗い眠りの淵に堕ちる手前に聞いた声は、確かに自分に向けられているのに―――。
 願わずにはいられない。


 かみさまどうかかれをぼくにください


 それは誰に対する願いだろう?
 カミサマ? それとも――――。
作品名:All I want is a lullaby 作家名:葛木かさね