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忍び寄る恋はくせもの

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「…志摩さん、またそんな本読んで…」
 自習になった祓魔塾の教室は、みなそれぞれ好きなことをやっている。
 坊は真面目にテキストに向かい、神木さんも杜山さんも、あの奥村くんでさえも、それぞれのテキストを開いているというのに、この人は。
「子猫さん〜、せやかて男の子ですもん。気になるやん?」
 あろうことかいつも見ているグラビア雑誌の最新号を広げて、へらへらしている。
 詠唱騎士を目指していると言う割に福音書の一節も覚えようとはせず、けれど錫杖を持たせたら幼馴染みの誰よりも強い。
 本当は騎士を目指す方が性に合っているのだろうけれど、志摩家は代々詠唱騎士の家系だから、と笑っていた人。
 僕は、志摩さんのそういうあっさりした所が好きだけど、こういうだらしない一面は苦手だ。
「僕は気になりません」
「嘘うそ〜。そんなん絶対嘘や。ほらほら、見てみ、可愛い子ぎょうさんおるから! 子猫さんはどの子がタイプなん?」
 きっぱり言い放った僕の肩を引寄せ、グラビア雑誌を机の上に堂々と広げる。
 無理矢理見せられたそこには、たくさんの可愛い女の子達が水着で笑っている、それだけの認識しか、僕にはできなかった。
「いません」
「うそ!? 可愛い子ぎょうさんおんのに? 一人もええなぁって思う子おれへんの?」
「―――〜、いません! だからもうええでしょう? 志摩さんもはよう自習しはった方がええんちゃう? 明日小テストあるて言うてはったやろ、奥村先生!」
 肩に回った手を解き、体勢を立て直しながら捲し立てると、志摩さんは困った様に笑った。
「小テストなんてなるようにしかならへん。今更足掻いても俺の実力知れてるし。それよりホラ、この子とかこの子とか、可愛いやん」
 そうしてまたグラビアを手に取り、開いたページに映る女の子の内数人を指差す。
 何となくその指の動きを目で追うと、自然とその女の子達を視界に捉える訳で。
 志摩さんが指差した薄い紙の上で笑う女の子達は、確かに可愛いと思う子ばかりだったが、共通点がある事にすぐに気付いた。
「――――…志摩さん」
「お、なに? 子猫さんの好みの子おったん? だれ?」
 興味津々、その色素の薄い目を爛々と輝かせて、志摩さんがこっちを見る。

 この人―――ホンマにわかってへんのやろか?

「志摩さんて、ほんま分かり易いお人やね」
「…へぇ?」
 きょとんと目を見開き小首を傾げる志摩さんを通り越し、少し離れた席にいる黒い髪を見遣る。

「志摩さんはもう少し、誤魔化すの上手いお人やと思うてたんやけど…違たみたいやね」
「―――子猫さんは、結構鋭いお人やよね…」

 視線を追いかけ、その先にいる人に気付いた志摩さんの頬が、一気に真っ赤に染まった。
 初めて見たその顔に呆気に取られていると、騒ぎに気付いた当の本人がこちらへやってきた。
「何だよ、何楽しそうに話してんの? 俺もまぜて」
「奥村くん」
 ビクリ、と肩を竦めた志摩さんが、頬を染めたままゆっくりと彼を振り向く。
「? どしたんだよ、志摩? 顔赤いぞ?」
「なっ、なんでもあらへんよ! そ、そや! 奥村くんはこの中やったら誰が好み!?」
 明らかな動揺をグラビア雑誌に意識を逸らせることで隠そうとするその様は、みっともなくて面白い。
「……子猫さん…」
 思わず零れた笑いに、志摩さんが恨めしそうな視線を投げた。
 言われた奥村くんは、こっちの様子にはお構いなしに、雑誌を真剣に見ている。
「奥村くん、志摩さんはその子とその子がええねんて」
「子猫さん!?」
 そんな視線などは知らぬ振りをして、ついさっき志摩さんが指差した女の子をそのまま彼に教える。
 志摩さんの反応が面白くて仕方がない。
「この子とこの子? ふぅん……でも俺だったらこっちの子かな!」
 慌てふためく志摩さんを他所に、奥村くんはその女の子達の中から、一人を指差して笑った。
「どの子?」
 思わず志摩さんと一緒に身を乗り出してその雑誌を覗き込む。
 彼が指差す先で笑うのは。
「―――奥村くんは、こういう子が好みなんや?」
「? おう!」
 満面の笑みを浮かべて頷く奥村くんの横で、複雑な顔をしてその雑誌を見ている志摩さんを盗み見る。
 ……なんて面倒な二人なんやろ。
「仲良うなれるとええね」
「? …おう!?」
 それだけ言って、笑顔で二人の側から離れる。
 教えてあげる義理はない。

 二人が指差した女の子が、お互いに似ている雰囲気を持っている、だなんて。

「あんじょうおきばりやす」
 志摩さん。

 二人には聞こえないように呟いて、こっそりと笑った。