僚機
「すまねえ。怒鳴ったりして」
「いや、構わん。お子様には難しい話だろうよ」
一言多いのがゴーストアイだ。“おっかないママ”をまた怒らせたぞとアバランチは笑うばかり。
「それで具体的にどうする? シャムロックはまだ空を飛べない」
アバランチの言う通りだ。
だがゴーストアイも言ったではないか。どうやらタリズマンは地上に降りて思わぬ苦戦を強いられている。謹慎処分を受けた時から2度目だろうか。
「そうだな、やることは沢山あるぞ」
動けない僕と地上では不器用なタリズマンの唯一の手札は何か?
そう問われて全員が頷いた。
※※※
「ほう、」
その申請書を手にしながら参謀本部司令官は面白そうに片眉をあげていた。
少なからずともこのような事態に陥るのではないかと予想はしていたのだが、その通りの反応が返ってきたので思わず笑ってしまったのだ。
「人気者だな、“タリズマン”?」
見たまえ、と手にしていた書類を目の前の制服を着る青年に渡す。
青年はそれを見るや否や驚いた顔をして司令官に視線を向けた。
「ご大層な事を書いているが、要するにだ、君を取らないでくれという嘆願書だ」
ハッハッハ!と司令官は楽しそうに笑うのだが、青年は笑うに笑えない。今まさにその話をしにこうして直談判に来ているのだから。
「我々としては君という手駒を有効活用したいのだがね?」
腕組みをして意地悪そうに言うのだが、そうと言われても青年は元々アメリアの首都グレースメリアを守備する為に配属されていたパイロットの1人に過ぎなかった。ここまで大きく取沙汰されたのは全くの心外、全ては仲間の支援があったからだ。
彼らがあってこその己。
そして何よりも、意思疎通の図れた僚機を奪われるのは半身をもがれたのも同じ。彼は必ず空に戻る。それまで唯一無二の二番機の座は誰にも明け渡すつもりはない。
子供のような我儘だと解かっていても。
司令官の命令が絶対だと解かっていても。
己の想いは唯一つなのだと相手に伝える。その覚悟を見せる。それが重要な事なのだと青年は2番機から学んだ。散々彼がAWACSの管制官と喧嘩をして仲裁に入ってきた身としては中々難しい所ではあるけれど。
だが、こればかりは譲れない。
漸く笑顔を見せてくれるようになった彼と再び空を飛べたならと、今の己にとってそれが楽しみでならないのだから。
こんな事を言うと皆から非難されるかもしれないが―――――先の戦争の時程、自由に空を舞えた事は無かったのだ。思うように飛び、そして気がつけばしっかりと僚機が傍にいた。
今までそのような経験をしたことなどない。
いつも誰も傍におらず、嫌煙されることが多かった・・・だから彼を失いたくなかった。
全て己の為だ。そうしたくない、失いたくない、そう思う自分の為だ。我儘だと解かっている。
「わたしは今まで君を大人しい男だと評価していた。漸く逞しくなったかと思えば悪い所は僚機を見本にしたようだな」
司令官は深々と息を吐くと唯一言「戻って良い」とだけ言った。
下がれ、ではなく。戻れと。
それをどう解釈するかはこちらの自由だ。
「はい、ありがとうございます」
青年は緊張に引きつらせていた顔を綻ばせて、実に嬉しそうに微笑んで答えた。
※※※
「退院許可はまだ降りていないんだ」
「良いんだよ、外出許可は貰って来た!」
「随分手回しがいいじゃないか、どうせ事後報告なんだろう?」
「流石はシャムロック、よく解かってるな」
楽しそうなスカイキッドに車椅子を押されて、やや恐る恐るとシャムロックは懐かしき基地へと向かっていた。
突然部屋にやってきた同僚達が「やったぜおい! タリズマンが戻ってくるぞ!」とシャムロックを連れだし今に至っている。
基地内はいつもの喧騒。滑走路には戦闘機を誘導するマーシャラーが数人立っている。
懐かしい光景だ。
シャムロックは目を細めた。
もう何も守るものはなくなったと、絶望のまま飛び去り、あの冷たい海の中で全てを諦めようとしたというのに。
ああ、やはり―――――飛びたい。
空を見上げる。
青い空。透き抜けるような大空。
自由に、何にも縛られずに舞いたい。“彼”と共に。
「ほうら、戻ってきた!」
アバランチが空の一点を指差す。
護衛機を連れてやってくるF-15Eストライクイーグル。皆が、シャムロックが待ち続けた人物の愛機。
やがて滑走路へと降り立った機体はマーシャラーに誘導されてゆっくりと彼らの前へとやってきた。中から出てきたのは久しぶりに見る顔。懐かしい顔。
「やあ」
嬉しそうに笑う無邪気な顔に、スカキッドがすかさず駆け寄り「何がやあだ!心配かけさせやがって!」と殴りかかる。
「ああ。本当にありがとう。司令官にあの書類を見せられた時は驚いた」
「あったりまえだろうが。いつだって助けてやった仲だ。今回も貸しにしとくぜ? 借金増えたな!」
「おいおいスカイキッド。嬉しいのはわかるが、譲ってやろうとか思わないのか?」
気のきかない男だとアバランチに言われ、そうだったとスカイキッドは促す。
そうして漸くガルーダ隊2人の視線は合わさった。
「おかえり。僕の1番機」
車椅子の男がそう呼びかけてくるのだ。
まだ動けぬ身でありながら。空を舞えない身でありながら、それでも。
「ただいま。シャムロック」
助けてくれてありがとう。
素直に礼を言うものだから、シャムロックは笑った。
「誰にも借金を返した事のないタリズマンが礼を言ったな? よし、丁度良い。ここは今まで溜まりに溜まった僕への借金、一括で返してもらおうか」
驚いた僚機にシャムロックは続けた。
「今から僕と一緒に病院に帰ってくれないか。絶対に看護師さんたちが怒ってる。1人だけ集中砲火を浴びたくない」
何せ無理やり連れ出されたからね。さあさあ僕の車椅子を押してくれないか、待ちくたびれて疲れたよ。
まるで王様ゲームに勝った王様のようにシャムロックが言うと、タリズマンは面食らった顔になりながらもすぐに笑った。
「了解した、迷子の2番機。責任を持って面倒を見よう」
散々苦労させておいて。
基地内どころか基地外にも駆けずり回って。
上層部を説得して、小難しい書類まで書いて、漸く取り戻したガルーダ隊1番機のパイロットは、こうして2番機に攫われていったのだった。
「なあ・・・結局、俺達は取り持ってオシマイってオチか?」
「もう放っておけ。あいつらはいつもああだ」
「・・・・・・」
スカイキッドとアバランチ。そして黙って見ていたゴーストアイ。
彼らは共通認識を抱くしかなかった。
ガルーダ隊はタリズマンとシャムロック。この2人だけでもういっぱいだ、と。
※※※
おまけ
「タリズマン。聞いたぞ。僕以外の人間を2番機にしようとしていたんだって?」
「それは上層部の命令さ。俺はちゃんと嫌だと言った。シャムロックが元の隊に戻されるのも反対した」
「へえ、大人しい君が?」
「・・・俺は大人しくない」
「そうだったね。空では暴れん坊だ。言っておくけど、その暴れん坊をフォローできるのは僕だけなんだぞ」
「怒ってるのか?」