茜色の空
現にタリズマンは困惑した表情のままだ。
「誤解しないで聞いて欲しいんだが。僕はきみに連絡が取れなくて、酷く寂しかったんだ。同僚たちもよく声をかけてくれるし、リハビリにも慣れてきたし、あの親子に会うのも楽しい。だけど最近きみは時々さっきみたいに突然いなくなる」
それが不安でたまらないと続けた。
タリズマンは暫く無言でシャムロックを見つめていたが、一瞬だけ寂しそうにすると、すぐにそれを消してしまって「大丈夫だ」と微笑む。
大丈夫、いなくならない。そう言うのだ。
違うそうではないのだとシャムロックは思った。
彼は決して心を開いてはいないのではないかと不安は強くなるばかり。先程一瞬だけ見せた表情こそが本心なのではないかと。
「タリズマン。・・・僕では頼りにならない?」
随分頼ってしまったし、支えてきてもらった。
恩返しという訳ではないけれど、もし何か助けになるのなら何でもしたいと思う。
―――――そう続けようとしたけれど、否、それは本心であった。なのにそれが口から出てこない。
メリッサも言っていた筈だ。
「今度言ってみればいいわ。【あなたの事が気になって仕方がないんだ、僕を1人にしないでください】って」
建前などいらない。
そのような関係で終わりたくない。
タリズマンが密やかに開けるこの距離を縮めるには、その通りに伝えるべきだ。
シャムロックはそれを超えたいと考えている己を受け入れた。その先に何があるのかはわからなかったが・・・。
「僕はずっときみの事ばかり考えている。どんな時でも。だから・・・突然いなくなったら寂しくて仕方がない」
そこまで踏み込むなと嫌がられるだろうか。そんなことを考えながらタリズマンの返事を待つ。
突然の申し出にタリズマンも驚いたか、シャムロックを見つめ返していた。
やがて口を開く。遠く、グレースメリアの光景を見ながら。
「どこまで話して良いのか解からない」
ぼそりとタリズマンは呟いた。
言葉の続きを待つ。
「シャムロックになら話したいと思う事はある。だがお前には沢山の人間がいるから、構ってくれって言えなかった」
それこそ思いもかけず、今度はシャムロックが驚いた顔をする。タリズマンは視線を反らしていた。
「まさか・・・それで拗ねて携帯の電源を切って1人で飛び出していたのか?」
ずばりそう。全くもって否定の余地なく、その通り。
シャムロックの言葉に、タリズマンは渋々頷く。
沢山の同僚に声をかけられたが、任務に次ぐ任務でゆっくりとしたかった。その時に思い浮かんだのはシャムロックだけだったが、充実した毎日を送っている彼ばかりに付きまとうのも良くない事だと思ったのだと。
その、子供のような告白に唖然とする。
どうして言ってくれなかったのだと思わず口を突いて出てしまったのも仕方がないかもしれない。
迷惑などと思った事は無いし、遠慮などされてもこちらが戸惑うだけだ。
それはまるで子供を叱る父親のようであったのだが、元来彼はよき夫であり、よき父であった―――――。
「遠慮などするな。僕がどれ程きみを頼りにしているのか解からない筈がないだろう?」
「・・・シャムロックはもう一人でも立ち上がれる」
「突き放さないでくれ」
もう1度だけシャムロックは歩み寄った。これが最後かもしれないと覚悟しながら。
「きみの本心を聞かせてくれ・・・僕は・・・」
「言ったらシャムロックが困る」
「いつも困らせている癖に何を言いだすんだ? 空でも地上でも僕はきみの隣にいる」
それだけは間違いないと断言すると、タリズマンは漸くシャムロックと視線を合わせた。
「本当に?」
「ああ。本当だ」
「本当に本当なんだな?」
・・・・本当に子供みたいだ。
シャムロックはうんと何度も頷いた。
初めて見るタリズマンの内面。今まで実に穏やかで頼れる相棒だという側面しか見ていなかったのかと思い知る。
「シャムロックといると楽しい・・・から、入り浸りたい」
・・・・それがまるでとんでもない事のように申し訳なさそうに言うので、シャムロックはそれこそ唖然とした。
一体タリズマンはこれのどこに遠慮をしているというのだろうか。何故そう思うのだろうか。それこそシャムロックには理解できなかったのだが、「OK」と二つ返事をした。
「なら僕の家の鍵を渡しておこう。いつでも来てくれ」
そう言ってキーホルダーからスペアキーを渡す。するとタリズマンは複雑そうな顔を浮かべたのだが、それを見やってシャムロックは言った。
「君が休暇中でも連絡が取れるようにして欲しいな。2人で過ごせやしない。今度一緒に出かけないか?」
車の運転ぐらいなら補助機能が付いているから可能だよとシャムロックが続けると、タリズマンは酷く驚いて、両手で顔を覆ってしまった。
「皆にも声をかける」
「それは野暮だぞ、タリズマン」
今2人で、と言ったのに。
そうすると益々タリズマンは顔を隠して背中まで向けてしまった。
それが拒絶でないことぐらいシャムロックにはすぐに解かった。何せ耳まで赤くなっている。
今まで見た事の無いタリズマンの一面に、シャムロックは何だか酷く嬉しく感じるのを自覚していた。
基地内では、同僚達の間ではあれだけ人懐こく誰とでも気さくに話す社交的な男なのに、実は随分内気で恥ずかしがり屋なのだと知って。
それだけ彼のことを知らなかったということなのだろう。頼ってばかりで、支えてもらってばかりで、何も省みなかった証。
「シャムロック。もういいそれ以上は。変な期待をしてしまう」
タリズマンの呟きにシャムロックは首を傾げる。
「“変な期待”?」
「・・・良いんだ、忘れてくれ」
そしてタリズマンは深く深呼吸をしたあと、元の落ち着いた彼に戻ってしまった。
また何かを隠されてしまったとシャムロックは感じたのだが後の祭りだ。もうタリズマンは話さないだろう。
案外と己を話さない。聞いても話さない。
だが良いとシャムロックも思う事にした。何も焦る必要はない。時間は沢山ある。今はこのぐらいで止めておこう。
「じゃあ早速だけど、明日の予定はどうなってる?」
「あ、明日? いや何も」
「明日も天気は晴れらしい。前にきみが話していたポイントに釣りにでも行くかい?」
「釣り道具持ってるのか?」
「借りる」
「・・・わかった、用意しておこう」
「では僕は食料を用意しておくよ」
「うん? 作れるのか?」
「家事もしてたからね」
そうして次の日の約束を取り付けて、2人はゆっくりとグレースメリアに戻ることにした。
※※※
「ああ、くそ! あの野郎、また電源切りやがって!」
基地内でスカイキッドが何か吠えている。
どうしたんだと周りが聞くと、ガルーダ隊隊長タリズマンに連絡が取れないとのこと。だが皆は仕方がないと諦めがちに言うのだ。休暇中のタリズマンのそうした悪癖は有名であったのだから。上層部でさえ連絡手段を持てと再三警告しているにも関わらず。
「僕が連絡しようか?」