こらぼでほすと 空白の四年間のどっか
仕事が忙しいから、クラブのほうへ出向いているし、このまま新年まで休みに突入もする
から、黒子猫としても、その時期は、ここで、のんびりと過ごすようになっている。
だから、この日にケーキを作るようになった。
「えーっと、粉は・・・・・ああ、こっちか・・・・・」
毎年、違うケーキに挑戦しているので、随分と上手くなった。ふたりだけだから、あま
り大きなものは作らない。けど、中身も飾りも、たくさん用意する。黒子猫が、はぐはぐ
と食べているのを見るのは、とても楽しいからだ。
今年は、イチゴを真ん中に入れて、生クリームにも、イチゴを潰して摺りこませたピン
クのケーキだ。それらを、せっせと準備しつつ、他の料理も用意する。寒い季節だから、
温かいものを、と、考えて、ホワイトシチューや、チキンの丸焼き、ホットサラダなんて
ものが定番だ。
クリスマスだから、というわけではないのだが、帰ってくるのが、その前後だから、そ
ういうメニューになる。四人揃っていた頃は、もっと種類を作れたのだが、ふたりでは、
それほど用意しても食べられない。それを考えると、ちょっと寂しい気はする。バラバラ
に動いているから、一堂に会することがなくなってしまったのだ。
・
ガチャリ
・
玄関の扉が開いて、黒いのが、ひょこひょことやってくる。
「おかえり。」
「ただいま。・・・・また、あんたは・・・・・」
台所で製作されているピンクのケーキを見て、黒子猫は呆れたように息を吐く。甘いモ
ノは好きだが、わざわざ作らなくていい、と、目が言っている。
「今日は、タイミング良くクリスマスイヴなんだよ。おまえのために作ってたわけじゃな
い。」
もちろん、親猫は、それを理解した上で、そう言い訳する。本当は、ここ数日、毎日、
焼いている。帰って来たら、食べさせてやりたいと思っていたからだ。
「ひとりで、それを食べるつもりだったのか? 」
「キラに差し入れしてやるつもりだった。」
「・・・そうか・・・・」
「先に何か食べるか? ・・・・・いや、それより風呂に入れ。かび臭いぞ、おまえ。」
「ああ、砂漠を横断したからな。・・・・これ。」
「ん? 」
ごそごそと、黒子猫が、何かを差し出した。鉱石らしい。碧色の水晶のようなものが、
親猫の手に載せられる。
「砂漠で拾った。」
「ふーん、水晶かな。ありがとう。・・・・おまえこそ、サンタじゃねぇーか? 俺にプ
レゼントくれてるぜ? 」
「それは、砂漠を横断してきた証拠だ。プレゼントじゃない。」
本当は、世界を旅していて、親猫の瞳の色みたいだったから、現地で買ってきたものだ
。それは、南米で産出されている碧の石の原石だった。けど、そんなこと言おうものなら
、親猫は、「もったいない。」 と、言うだろうから、砂漠で拾ったことにする。いつも
いつも、ここで待っていてくれる親猫に、キレイなものを見せてやろうと思った。世界は
、いろんな歪みが生じていて、そろそろ、それが酷くなってきた。たぶん、自分は、その
歪みを壊すことをするだろう。けど、そのことを親猫には知られたくない。
「風呂に入る。」
「ああ、出るまでに、用意しておく。」
ケーキは、飾りつけを残すのみだ。すぐに出来上がる。いつ帰っても、親猫は、何も言
わず迎えてくれる。季節ごとの食事や衣服も準備してくれている。少しずつ伸びる身長に
合わせられているのに気付いた時には驚いた。この季節は、必ず、ケーキが準備されてい
る。あんなことを言っていたが、本当は、この季節には、毎日のように作っているのだ。
キラが、そう、こっそりと教えてくれた。
「待っているんだから、絶対に帰って来ないとダメだよ? 」
そうでないと、心配しすぎて病気になっちゃうからね? と、注意された。血が繋が
っているわけでもないのに、親猫は、自分のことを待っていてくれる。だから、あまり無
茶はしなくなった。
・・・・きっと、あんたは、俺が戻らなかったら、病気になるんだろう・・・・・・・
同じ場所に立てない親猫は、そこへ行くこともできない。ただ、待っていてくれる。だ
から、帰らないといけない。
・
・
風呂で茹で上がった黒子猫は、ほかほかと湯気が出ている。そのまんま、食卓についた
ので、料理を取り分けた。いつも空腹で戻ってくるから、その食べっぷりは見事の一言に
尽きる。
「あんたも食え。」
「俺のことはいいから、おまえが食べろ。」
あんまり見蕩れていたら、黒子猫に叱られた。
本当は、いつも、黒子猫は、土産をくれる。それは、鉱石や種のような、壊れないもの
だ。どこを流離っているのか尋ねるつもりはない。いろいろと入ってくる情報から、世界
に不穏な動きがある。そこを訪ねているのだろうと思うからだ。
それを、ひとつずつ知ったり経験したりして、黒子猫は、大人になって行く。少しずつ
成長する身体は、たぶん、心も、身体以上に成長していることだろう。それを、傍で見て
いることはできなくなったが、たまに戻ってきて教えてくれる。
・・・・・無事にいてくれたらいいよ、それで十分だ・・・・・・
これから、動き出すだろう黒子猫を、直接に助けてやることはできなくなったが、自分
が待っていることで、黒子猫が、強くなるというなら、待っていてやろうと思う。これと
いって、何もできないが、待っているという事実が、黒子猫を生き延びさせられるかもし
れないからだ。
「ロックオン。」
「んー? 」
「しばらく、ここに居る。・・・・家事の手伝いはするから、言いつけろ。」
「ああ、それなら買い出しに付きあってくれよ。年末は、スーパーもすごい人でさ。それ
と、窓拭きを頼んでいいか? 」
「ああ、問題ない。」
これから、年明けまで、いつも、黒子猫が滞在する。これといって、何かすることはな
いが、ただ、その姿があることで、お互いに安心できる。
「さて、デザートにいくか? 今年は、イチゴスペシャルだ。」
「・・・・その前に、そのシチューくらいは片付けろ。あんた、ちっとも食べてない。」
「おまえさん、段々とティエリアに似てくるな? 」
「あんな小姑と一緒にするな。」
ぷんぷんと、黒子猫は怒って、親猫にスプーンを握らせる。ほら、そういうとこが、テ
ィエリアと一緒だよ、と、親猫は、さらにツッコミなんか入れている。
作品名:こらぼでほすと 空白の四年間のどっか 作家名:篠義