きえる
列車がゆくのが見えた。カランカランと音を鳴らし続けていたサイレンが止まり踏切が上がる。あの人はここからどこへ行ったのだろうか。ホームに立ち、見慣れた知らない顔たちをなんとなく眺めながら、そんなことを思う。あの人が消えたのは幾日も降り続いた雨がようやく上がった、5月のある晴れた日のことだった。
「おれが消えたら、泣いてくれるか」
「さあ、それはわからないですよ。涙なんざ無理矢理に出すもんじゃねえし」
「それもそうだな」
たわむれに交わしたあの会話は、ただ一時の暇をつぶす戯言だったのか。今の俺にはそれすらわからない。ただひとつわかるのは、彼があのとき浮かべた笑みはたしかに俺に向けられていたこと、そしてその視線は遠く遥かを見詰めていたということだ。
「…土方さん、あんた、今どこにいるんですか」
列車がホームへ滑り込み、宙へ飛ばした俺の言葉をかき消した。あのとき話した戯言の答えが、やっとこさ見つかったってのに、あの人は今ここにいない。
さっきまでそこに立っていた人たちを詰め込んで、列車はゆっくりと走り出した。線路と列車がすれあう唸りに驚いた鳩たちが、バサバサと飛びたってゆく。
一人ホームに残された俺は、自分の頬を流れる涙の意味について考えていた。