Hope
第1章 Happy Birthday
―――その日が終る真夜中に、扉がそっと開いた。
物陰はなく、ただの隙間風が入ってきたのかと思うだろう。
だがドラコには、空気が移動するのを、瞳を閉じていても感じていた。
床を歩くかすかな音がしている。
それは移動して、やがてテーブルの前で止まった。
乱雑に積み上げられている、プレゼントの山をしげしげと観察しているようだ。
リボンを解かれ、包みを広げられた箱には、珍しい化石が入った鉱石や、おいしそうな高級チョコレート、華奢で鍛錬に彫りこまれた白いステッキなど、ほかにもたくさんのものがある。
その中の白いアラバスターの入れ物を、彼は手に取った。
丸くてすべすべとした象牙を繊細にカッティングした上ふたを開けると、鈴を振るような軽やかな音楽をかなで始める。
小さな天使がホノグラムとして浮かび上がり、清らかな声が流れた。
「Happy Birthday To You……
Happy Birthday To You……」
それを見つめたまま、相手は動かない。
いくらか時間が過ぎたあたりで、たまらずドラコは相手に話しかけた。
「いつまでそこにいるつもりだ、ハリー!朝までそこに立っているつもりか?」
呼ばれて、彼は顔を上げて、相手を見た。
笑いながら、被っていた透明マントを肩から床に滑らせる。
「僕が入ってきたの気づいていたんだ?」
「当たり前だ。そんなオルゴールが夜中に突然、鳴り始めるはずがないだろ」
それをテーブルに戻すと、ハリーはドラコのいるベッドに歩いていく。
「もうすぐ君の誕生日が終るね」
「あと5分で、日付が変わるからな」
自分の誕生日だというのにドラコは不機嫌な顔をしている。
「僕は知らなかったけど、君はものすごくたくさんのプレゼントが届くんだ」
ドラコは薄く目を細めて、見下したように相手を見た。
「なんだ、うらやましいのか、ポッター?生憎と僕はこう見えても、ファンが多いんだ」
高級なプレゼントは彼の両親からだとは思うが、そのほかのお菓子やケーキ、ブーケや小物類は、彼が言うところの「ファンからのプレゼント」らしい。
ハリーは肩をすくめる。
「どうりで、去年の僕のプレゼントは喜ばなかったはずだ。こんなにもあるプレゼントの中の一つだものね」
その言葉にドラコはカッとなった。
「あれはお前が悪いっ!なんで日付が変わったその日の夜中に突然やってきて、寝ている僕を起こして、無理やり押し付けたんだからな。僕が寝起きが悪いことは、よく知っているだろ?」
まるで弁解しているようにも聞こえる言葉に、ハリーはクスリと笑った。
「―――で、今年は起きて、待っていてくれたんだ」
「まさかっ!」
ドラコはプイと横を向く。
そんな彼の態度を楽しそうに、目を細めて見つめている。
ドラコは顔を上げて、相手をにらみ付けた。
「今年は去年の逆パターンなのか?僕の印象に残るように、誕生日が終るギリギリにやってきて、最後にプレゼントを渡すような考えにしたのか?」
だからさあ、早くよこせ!とい言わんばかりに、手を差し出す。
その手をハリーは嬉しそうに握った。
「今年は君にプレゼントは用意してないよ」
あっさりと告げる。
「―――えっ!なっ、……本当なのか?」
「うん」と気軽に答えた。
その途端ドラコの表情が、みるみる雲る。
実は密かに彼はハリーからのプレゼントを、とても楽しみにしていたから、そのショックは隠せなかった。
恋人からのプレゼントは何をもらっても嬉しいものだ。
ドラコはハリーの誕生日には、どんなものが喜ぶのか何日もリサーチして調べて、渡す場所まで綿密に計画して、実行したのだ。
ハリーからの「ありがとう」という言葉と笑顔が見たくて。
それが去年あんなにも自分が不機嫌に彼からのプレゼントを受け取ったから、今年はもうないだなんて、思いもしなかった。
後悔で、胸が詰まる。
ハリーはドラコを引っ張り、ベッドから立たせた。
「―――さぁ、行こうか」
「どこへ?」
訳も分からず、引っ張られて、窓際まで歩かされる。
ハリーは窓の下の木を指差した。
「あそこの左の枝先があるでしょ?あそこがそれだから」
「いったい何のことを言っているんだ、ハリー?寝ぼけているのか?」
「あの左の枝に、用意したんだ、ポートキーを」
「ポートキーだって?!」
「うん。あれに触ると別の場所へ移動できるんだ」
「いったいどこへ?」
「それは秘密だよ」
笑っていたずらっぽく、ウインクをする。
「―――さぁ、行こう。日付が変わる前に」
その途端、ドラコはしり込みした。
この部屋はかなり塔の高い位置にある。
地面までの距離は遠くて、もしあの枝をうまく触れなかったら、地面にたたきつけられることになる。
下手に打ち所が悪かったら、首の骨が折れるかもしれない。
「大丈夫だよ」
確信を持ってハリーは言う。
「もし失敗しても、君一人で逝かせやしないから、安心して」
不吉なことを言って、クスクス笑う。
「君は本当にいくじなしで、度胸もないね。ドラコ」
「なにっ!」
顔を真っ赤にして相手をにらみつけた。
「でも、そういう所もみんな好き」
抱きしめて、唇を重ねた。
蜜のような甘い言葉が、耳元に流れ込んでくる。
「君を抱きしめたまま死ねるんだったら、僕は本望だ」
「知らなかったよ。英雄殿の望みは、世界の平和かと思っていたのに」
皮肉を込めて相手を見た。
そうしなければ、別の言葉を言いそうになったからだ。
ハリーはドラコを両手に抱きしめたまま、窓の桟に腰をかけた。
「いっしょに天国へ行こう」
「縁起でもないっ!」
見つめあい、ふざけたように笑って、ふたりでふわりと空へと飛んだ。
耳に風を切る音がする。
落下するスピードは思ったより早くて、あの枝がどれだったか分からない。
―――僕たちは指先を伸ばし、何かをつかもうとした―――