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脳無し案山子は祓魔師の夢を見るか

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 モールキンがモールキンとなる前は、ゲヘナにおいても名を持たない、弱い悪魔であったし、夜のアッシャーを漂うだけの矮小な穢れでしかなかった。
 そんな小さな悪魔に形を与えたのは同じく小さな祓魔師だった。
 魔法陣に引き摺られ、手騎士の力で物質として形成された一本足でぼろ布を纏った身体を震わせ、初めて見たものをモールキンは覚えている。ぽかんと一刹那だけ呆けたように目を大きく開いた後、少し茶色がかった癖毛を揺らして叫んだ小さな祓魔師。
「か、かかし……かかしだ! 豊饒の守護神、モールキン!」
 驚きと嬉しさの混じったその声が響いた瞬間、モールキンはモールキンとなった。

 物質界に具現化したばかりの頃、モールキンの頭は幼い長友の背よりももっと下にあった。
 手騎士は悪魔を召喚し、それを使役することにより、また別の悪魔を祓う。
 アッシャーの夜、悪魔の力が強くなる時間、闇が濃くなる頃にこそ魔法陣から引き摺りだされ、幾度も長友と対峙した。己と同じく魔の側にあるものを祓う存在を打ち倒せ、喰らってしまえと本能が叫んだ。
 長友が拙かった魔法陣を滑らかに、かつ迅速に描けるようになっていくその度、呼び出される度、強くなる祓魔師の力と比例するように大きくなる悪魔の力で抵抗した。モールキンはその小さな見た目の通り弱い悪魔ではあったけれど、それでも魔としての、闇に在るものの矜持として名と形をもった以上、簡単に屈するわけにはいかなかった。
 しかしある日、あっけないほど簡単に調伏されてしまった。
 長友が成長するほどにモールキンの上背は大きくなった。モールキンは自分を呼び出した祓魔師を見下ろす。長友が強くなるのと同時にモールキンも強大な力を得ていた。夜の悪魔が本気で抵抗すればいくら強くなったとはいえ人間である長友など打ち倒せてしまう。それに気付いた瞬間、モールキンの中で叫んでいた本能がふつりと途切れてしまった。
 そうしてモールキンは長友のものとなった。

 使役されるものになったモールキンだったが、他の祓魔師の使い魔のように自由に動くことが出来ない。一本足の案山子であるモールキンは昼間は長友の周りをふよふよと漂う意思でしかない。
 日が暮れても自らの力のみでは小さな形をとるだけで、魔法陣を介して呼び出されてようやく強大な体躯と力を得ることが出来る。
 魔法陣に垂らされる数滴の血は澄んでゆく。
 悪魔を呼ぶ為の媒介でありながら矛盾するかのように清められ、純化されるほどに呼び出す悪魔の力も強大になる。
 言葉を持たないモールキンが、それでも身の内で思考する。自分には梟や蝙蝠のような羽根もないし、猫のようにしなやかな手足もない。戦闘において自らと同じ側の存在であったはずの悪魔を薙ぎはらう、それ以上を長友は求めない。
 呼ばれる度に媒介として混ざる長友の血液が人という存在を教えるのだろうか。一本足の案山子が、まるで人のように願うようになるのだろうか。悪魔でない己を望ませるのだろうか。それはもしかしたらこの修道院にはないもの、人の子が言う母のようなものに。
何度も、何十回も、何百回も、数え切れないほど幾度もその血に触れ続けていれば人の子に近付けるのだろうか。
 モールキンは人に近付こうと、思考するがその思考は同時に悪魔に触れれば塗りつぶされる。人の子は簡単に弱さを見せる。脆さにつけ込み取り込んでしまえば良い。本来は悪魔の方が強いのだと。使役されることを選択しているだけなのだと。
 長友すら喰らってしまえば考えることもなくなるのだと。
 サタンの落胤を狙ってやってきた腐の王に吹き飛ばされた己の名を呼ぶ長友の声に滲んだ焦燥にモールキンが感じたのは喜びだった。まるで同じく人の子の、仲間を心配するかのようなその声音。形を保てなくなったモールキンはそれでも意識だけは向け続けた。
 腐の王は強い。人に憑き、人の言葉を話し、悪魔の力をふるう。祓魔師がどんなに強くても、本来は簡単に倒されてしまう。
 壁に打ちつけられ、手足を投げ出した長友を見た時、もしそれをするのならば自分だと思った。いつだったか長友は人の抱く様々な感情の中で一番醜く愚かで悪魔に近いものは妬心なのだと語っていた。だからやはり自分は悪魔なのだろう。
 しかし長友は悪魔である自分のことを豊饒の守護神、と呼ぶのだ。人の子らを育む息吹を守るものだと呼ぶのだ。
 名もなき穢れだった自分に名を与え形を与え、強くしたのはこの脆い人間なのだ。


 修道院の片隅で、夕陽に長く影を伸ばした箒が風もないのに倒れて音を立てた。片付けたのになと首を傾げる和泉に向かい、俺がかたしておくよと長友が拾い上げる。
 モールキンが長友に使役されることを選び、共に在る様子は親愛にも似ていたし、どこか母性にも似ていた。
 例えばこのからっぽの頭に叡智が詰まっていたら、もっと上級の悪魔のように人の言語を発せたのなら、うまく言えるのかもしれないけれどとモールキンは思う。モールキンは感情につける言葉を知らない。
 長友がモールキン、と呼ぶ声は優しく、悪戯かと笑うからその手の中で箒は小さな案山子に自らの姿を変えた。