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璃琉@堕ちている途中
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イツカ、アオゾラ

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テーブルの上に、くしゃくしゃに丸めたメモ用紙があった。
普段ならそのままゴミ箱行きのそれを、彼女は気紛れな好奇心で広げた。





―――「もう一度言って頂けるかしら」
「何度だって言うよ、君は眠った方が良い」
「そこからじゃなくて結構よ」
「じゃあ…いつからこんな状態なんだ?いや、俺は当然知っているけれど」
「…そこも省いてくれない?」
「ん…それなら」
「………」
「君は、不眠症だね」
「………はぁ」
「え、違うの?」
「正しいわ、ただ」
「?」
「私が聴きたかったのは、その後よ」
「ああ、何だ」
「何だじゃないわ、当然でしょう」
「そう?」
「………きっと、人間は、あなたの愛する他人は、十人が十人、同じ返事をすると思うわ。覚えておきなさい」
「そうかな、中には物好きもいると思うけれど」

―きみって、そっちのしゅるいじゃなかったか?
そう嗤った先刻の彼の顔が、閉じた瞼の裏に浮かぶ。
ああ、そうだ。私は彼のこういうところが、嫌いなんだ。
噤んだ唇の上を、何度思ったか知れぬ言葉が滑っている。

「ねぇ、君。聴いてるの?ちゃんと」
「………聴いているわよ、ただ」

彼女は黙して守っていた瞼も唇も、解放することにした。

「アンタがへたくそ過ぎて、聴いていたくないだけよ」
「ひっどいなぁ、これでも妹達が幼かった頃は毎晩のようにやっていたんだぜ?」
「落ちたものね。それとも、あの子達は気を利かせていたのかしら。お優しいお兄様のために?」
「君は、あいつらがそんなことすると思うのか」
「………それもそうね」

道理だ。あの姉妹はそういうんじゃない。

「良いか?俺も本気にならないといけないが、君だってそうじゃなきゃ、君がそうでなくちゃ、意味がない」
「いみ」

意味なんて、最初からないだろう。
吐き捨てても良かったが、彼女はしなかった。それこそ、意味がないからだった。

「―――黙れ、このバカな鳥め!いい気になりやがって!出て行けったら出て行け!さもなくば、」

この男を食べるなんておぞましいことは出来ないが、彼女もまた、ゴーシュの気分だった。
出て行ってくれないと、彼に侵されそうだ。

「かっこうはびっくりしたようにいきなり窓めがけて飛び立ちました。そしてガラスに激しくぶつかってパタリと下に落ちました」

瞼の裏には、怪我をして血を流すかっこうと、慌てたように立ち上がるセロ弾き。

「ドアから飛ばしてやろうとゴーシュは手を伸ばしますが、」

それが怖いかっこうは威嚇して逃げてしまう。

「ガラスへぶつかりそうになるかっこうを見て、ゴーシュは窓を思い切り蹴りました。数枚のガラスが派手な音をさせて砕け、枠ごと外へと落下します。かっこうは、」

矢のように飛び立ち、二度と戻っては来ない。

「―かっこう、何で戻って来なかったんだと思う?」
「え…なに?」
「あれ?もしかして、少しうとうと出来てたかい。それなら、俺が来てやった甲斐があったというものだね」
「………うぬぼれないでちょうだい。それと、かっこうだけれど」
「うん」
「怖かったからでしょう?もうあんな目には二度と遭いたくないからでしょう………」

ぼんやりと、それでも確かな硬度のある声で彼女は言った。
ベッドサイドの灯りだけの部屋に、それはあまり似つかわしくない響きだった。

「ふぅん。君らしい、のかな」

対して、語り部は稀に彼女が見つける、穏やかな微笑みとやらでこう返した。

「申し訳なかったからじゃないかな」
「………?」
「自分のせいで、慕っていた人を怒らせてしまった。もしかしたら、傷つけたかも知れない。それが、つらかった」
「………」
「―さ、続きを語ってあげよう」
「………お願いするわ」

ベッドの端に腰掛け、時に自分を、時にどこかを見つめつつ話す彼。
彼女はその背中に、ゆるやかに重くなっていく眠気と、それから、

「今夜は、おかしな晩だなあ」

幼い時分に泣いて欲しがった何かを感じていた。



「ゴーシュは窓を開けて、いつかかっこうの去って行ったはずの暗い空を、その遠くを眺めて言いました。ああ、かっこう。あのときは本当にすまなかったなあ。俺は怒ったんじゃなかったんだ。俺は………俺は、………おや、君はどこで夢の世界に旅立ってしまったんだい」

気づかなかったよ、と彼は笑った。
笑いながら、安らかに呼吸する度揺れる黒髪を一房、捧げ持った。

「おやすみ、波江。あいしているよ」

そして、それにそっと口づけた。





「………」

紙切れには殴り書きのメモが残してあった。
彼女は心底、つまらないという顔をしてから、再びくしゃりと丸めた。

「準備は出来たのかしら、臨也」

書いた張本人に呼び掛けつつ、ゴミ箱にそれは投げ捨てられる。
暫し、何となく急いた空気が部屋に漂った後、ガチャリという音と共にそこは静かになった。
誰もいない広い部屋を、大きなガラスから差す陽の光が、眩しく照らしている。
メモにあった「蒼穹」というただひとつの単語が似つかわしい、今日はそんな空だった。かっこうも踊りたくなるというものだ。




『イツカ、アオゾラ』

(愛してるよ、波江♪)
(子どもみたいにはしゃがないでちょうだい、みっともない)
(晴れて良かったねぇ)
(………そう、ね)

(良い天気だわ、とっても)