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3・2・1→Smile!

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「屈託のない」

容姿端麗、頭脳明晰、聖人君子の誉高き我らがリーダーは、その実良く分からない人物だ。
例えば何の脈絡もないことを口走り、こちらを混乱に陥れる。「へっ?」と間の抜けた面で問い返すと、にっこり微笑まれた。その声量からしても、表情からしても、呼び掛けられたのは自分だ。
皆がほかほかのたこ焼きを突いている中で、完二は一人振り返る。目尻を緩く下げた先輩は探索後の疲労も見せず、明るい声音で問い掛けてきた。
この後に続く言葉は分かる? と。
「あー…っと……屈託の、屈託のない……笑顔、とかッスか?」
「一般的にはそうだろうね」
正解、五十点。と低いのか高いのか、得ることに意味があるのか分からない点数を付けられて、完二の眉間にはますます皺が寄り、自他共に認める悪人面になる。しかし那須は意にも介さず、じゃあ屈託の意味は分かる? と問いを重ねた。良く聞くフレーズはニュアンスを理解していても、正しく説明せよと言われたならば自信は持てない。
「や、その……すんません」
「良いよ、別に。分からなかったら調べれば良いんだから」
早々とギブアップするとそのように諭されて、意地の悪い顔で肩を叩かれた。
「それから、もう一つ。屈託のない笑顔って表現は良くあるけれど、『屈託のある』笑顔ってどんなものだと思う?」
「センパイ……?」
「以上、宿題」
そして、それだけ言うと離れて行く。
残り少ないたこ焼きを確保しようと手を伸ばす彼に「待て待て。お前こっち」と陽介が取り分けた皿を差し出し、「完二君、早くしないと食べちゃうぞ〜!」と自分も千枝から食い意地の張った発言を受けて、慌てて爪楊枝を奪い取った。食欲をそそるソースの香りに賑やかな声が混じり、和やかに時が行き過ぎて。
気付けば真意を探ることも、課題を突っ撥ねることも忘れてしまっていたが故に、完二は今の今までそれを引き摺り、こうして広辞苑なぞ引いているのだ。

「あ、そゆコト」

そこまで説明してやると、対面に座しているりせがその大きな瞳をぱちくり瞬いて納得した。
何をそんなに不思議がっていたのか。怪訝とする完二に対し、彼女はホッとした様子で「完二が図書室に行くなんて言うから心配しちゃったけど。なーんだ、勉強じゃないんだ」と、底抜けに明るく笑う。――察するに、りせとしては補習仲間の裏切りを懸念していたのだろう。うるせえ、と言い返してやってもニコニコと嬉しそうにしている。正に、『屈託のない』笑顔である。
「それで? 意味分かった?」
「だから今調べてんだろーが。……っと、【く】、【くったく】……」
「屈斜路湖、なーんてフリガナないと読めないよね」
「ちったあ黙れよ……っと、これか……」

――一つのことばかり気にかかって心配すること。くよくよすること――

分厚い辞書を広げて、見付けた答え。それはあまりにも単純で、明快で、腑に落ちて、一読だけで理解する。ご丁寧にも『屈託のない』との表現で例文が添えられていたから、尚更分かり易かった。同じ補習仲間のりせも合点が行ったようで、ふうんと小さな声を漏らす。
「『屈託のない』子ども、とか言うもんね。子どもはあんまり悩むことないから、かな」
「……まあ、そういうことなんじゃねえか」
かくして呆気なく、課題は解決された。しかし、完二にはまだ疑問が残っている。
「じゃあ、『屈託のある』笑顔は、心配事があったり落ち込んだりしてても無理して笑うようなイメージ?」
何故、あの聡明な先輩がこんなことを訊いたのか。その意図するところを測り兼ねていた完二に降り掛かる、りせの呟き。笑う、と聞いて思い浮かんだ一人の人間。自他共に認める自分の無愛想振りに、鮮やかなまでのスマイルで真似してみせろと言った彼に、自分は何と言っただろうか?

「あ…………っ!?」

――アンタみたいに、おかしいことも無いのに笑えないっスよ――

「……お前ん家、ジュネス出来てから売り上げって落ちたか?」
「お豆腐の? んー…やっぱ、ちょっと落ちたって言ってたかな。でもウチはまだ平気。贔屓にしてくれてる人も多いし……だけど、最近お店どんどん潰れちゃってるよね」
「ああ……」
「花村センパイも大変だよね。ジュネスの所為で、ジュネスの所為でって目の敵にされて」

別にセンパイは関係ないのにね、と零してりせは一つ伸びをする。りせも完二も立場的には商店街側の人間だ。周囲の経営不振は肌で感じているし、それ故に店を閉めた人々も、彼らが発する恨み言の類も良く知っている。二言目にはジュネス、ジュネスと紡がれる大型スーパーの関係者が敵視されていることも分かっていた筈だった。
……ああ、そうだ。思えばあの日、テレビに入る前も四六商店の軒先で陰口を叩く主婦に出くわしたではないか。仕方ねえよと肩を竦めた陽介の苦笑を自分は間近で見ていたのに。

「クソ……やっちまった……」
「どうしたのよ、完二」
お前、後輩なんだかんなと。少しは敬えよと嘆息した先輩は遠慮のない後輩にも笑い掛けてくれたのに。

「あれ、もう帰るの?」
「俺、謝んなきゃなんねえ」
「誰に?」
「あの人」

ガタン、と席を立った音の後に「あの人って誰よ」との声が続く。重たい辞書を乱暴に書棚へ突っ込むと、更に図書委員の声が飛んできた。「本は丁寧に扱ってください」と叫ばれて、渋々両手で戻した完二の背中に、りせが追い付く。格好悪いところは見せたくなかったのだが、相手の名前を伏せたことで逆に興味を持ってしまったようだった。しっかと手首を掴んだりせは目をらんらんと輝かせている。
「ねえ、完二。私も一緒に謝ってあげる」
「要らねーから帰れ」
「でも、カワイイ女の子がいた方が花村センパイ、喜ぶと思うなあ」
「なん、で、知ってんだ……」
「女の勘!」
あはははっ、とりせのご機嫌な笑い声が長い廊下に響き渡る。愕然と立ち尽くす完二はいつの間にか手を取られ、彼女に手を引かれていた。
ついでに私の勘だと、センパイ、多分ジュネスにいるよ。今日特売日だって言ってたから。などと言って完二を導く。どうもこの少女には敵いそうにない。きっと、自分の過失を笑い飛ばす太陽のような先輩にも。自分の至らなさを照らし出して、成長を促す月のような先輩にも。羞恥で赤く染まった頬を俯くことで隠して、項垂れる。全く以て、不甲斐ない。

「いらっしゃいませ、いらっしゃいま――……あれ、どうした?」

だけど、いつかは。
そんな自分を笑ってやりたいと願いながら、完二は花村陽介を見詰める。思わぬ後輩の来訪に、彼の尊敬する先輩は屈託のない笑みを浮かべていた。
作品名:3・2・1→Smile! 作家名:桝宮サナコ