SLAMDUNK 7×14 作品
片道キップを二人分
真っ青な空の下、気持ちのいい風が吹き抜ける6月の初旬。
昨日までの雨が嘘のようにカラッと晴れ渡った空模様を見ていると、何となくいいことがあるような気がしてしまうのが人間ってもんだろう?
そんなすばらしく気持ちのいい午後。
ソレは、突然やってきた。
「このまま遠くに行きたいね」
パックの牛乳を盛大に屋上のコンクリートへとぶちまける。
もしここに他のヤツが居たとしても、間違いなく同じ行動をとっているだろうから、一体誰が俺を責められるだろう。
ちょっと物悲しそうにフェンスの向こうを眺め、遠い目ってやつ?を披露しながら。
そうつぶやいたのは、あの、宮城なのだ。
…宮城、だよな?
急に不安になって、口からぼたぼたと牛乳を零しながら、隣に居る男を凝視する。
「…そんなに見つめないでよ、どうしたんだい?」
「!!!」
待て待て、どうしかしたのはオマエだろう!? と心が思わず突っ込みを入れて、俺はだらしなく口をぽっかりあけたまま、二の句が告げないでいた。
つーか…。ありえないくらい、サムイ。
大体、胸がときめいて見つめてたワケじゃねーし、どうもしちゃいねぇ。
後者の言葉に至っては、まさに俺がオマエに投げかけて然るべきだろうが。
心なしか俺を見る宮城の目は優しさに潤んでいて、口元には穏やかな微笑。
ナイナイナイナイ。断じてナイ。これが宮城であっていいわけがナイ!
「オマエ、なんかあったのか?」
ようやっと出てきた声で宮城に尋ねると、ふっと笑われた。
ふっ、とだぜ!?
「三井サンと二人っきりで、どこか遠くに行けたなら、どんなに俺は幸せだろうかと思って。そしたら思わず言っちゃってたみたい。恥ずかしいな、僕」
ガボーーン。と音があったらきっとしている。
な・な・なんだコレは! 宮城? 宮城のソックリさん?? 宮城ジュニア!?
それに今「僕」って言った!
すでに人格崩壊。俺は宮城の残像を見ているに違いない。
お願い、そうであって。
なんて俺の願いむなしく、てれてれと頭を掻くしぐさをする俺の隣の宮城(もどき)は、「ヒマッスねー」と凶悪な顔で吐き捨てていたヤンキーとは似ても似つかない。
一体、どんなスイッチを押したらこうなるんだ。
ぐるぐると回る頭に宮城の手が伸びる。
ゆっくりと髪をなでられる動きに、俺は手の持ち主をまたもや凝視した。
どこか遠くに行きたい、だなんて。
こいつの言葉をそのまま受け取って、それじゃあどっか行くか、なんて、言ってしまうのは簡単だけど。
そうすりゃ恥ずかしい思いをするのは絶対に俺のほうで。
だってコイツは宮城だから。
神奈川ナンバーワンを自称する、フェイクの得意なポイントガード。
俺の全部を知ってる存在、それが宮城なワケだから。
ここで乗っかっていったって、どうせ馬鹿にされんだよチクショー。
「遠くって、例えばどこだよ」
頭を撫でる手がうっかり気持ちいいと思ってしまった俺は、ごまかすように宮城を睨みつけて聞いた。
「んー。水族館とか、遊園地とか?」
「はぁ!? なんだそりゃ。どこが遠くなんだよ」
わかってないなー、と宮城はため息をついた。
「だってね、三井サン。俺たちいつも一緒に居るって言ったって、屋上か部活か、帰り道の公園かラーメン屋か。そんくらいでしょう?」
まあ、確かに。俺たちの行動範囲なんてたかが知れてる。それは勿論、バスケットが二人の中心にあるからだ。
「んじゃあ、何。オマエ、おれとバスケすんのが嫌なわけ?」
すると宮城は、さっきみたいにふとフェンス越しに向こうを見た。遠い目第2弾だ。
「三井サン、おれはただ、アンタともっといろんな思い出を作りたいんだ。いっぱいアンタを知りたいし、俺しか見たことのないアンタを見たい。ねえ、三井サン。特別じゃなくていい、なんでもないことでいいから。二人で愛を、確かめに行こうよ」
ねえみついさん、以降、宮城は俺の目をじっと見つめながら熱く語った。
その用意されたような怖い台詞は、俺の心に届くどころか耳をスルーすることさえ拒んだ。完全シャットアウトだ。ざまーみやがれ。
「宮城さ」
きらきら光線を出したままの宮城は、いつの間にか俺の手を握っていた。相変わらずこういうのはとんでもなく早い。
「何のテレビみた?」
その瞬間、宮城の手が固まった。
「……やっぱり。そんなことだろうと思ったぜ。ったく、まっ昼間から頭を沸かしてんじゃねーよ」
気安く触るなと固まったままの手を振り払って相手を見ると。
いつもの顔をした宮城がいた。
いや、こころなしか眼光は鋭く、眉間にしわが寄っているような。
一般人が見たら無条件でゴメンナサイと言ってしまいそうな表情のまま、宮城は唸った。
「アンタ全然分かってねーよ。俺だってこんなクソ寒いこと、好きでやってるわけじゃねえんだよ。まどろっこしくても、こうやって俺からお願いすればアンタが誘いに乗りやすいだろうって、考えてやってんじゃねーかよ!」
怒鳴ったあと、はっとしたように宮城は俺を見た。
すぐにしゅんとした顔になって、あの、これはね、とおろおろと身振り手振りで言い訳する始末。
俺がカチンと来たんだと、宮城は思ったらしい。けれど。
「バーカ」
にやりと笑ってやると、驚いたように俺を見た。
怒ってないの、と聞くから、俺の心は空のように広いんだ、といってやる。
それを言うなら海でしょ、と宮城が言うから。俺を敬うことを知らない生意気な唇に、そっと近づいて重ね合わせてみた。
ほけっとした顔のまま、目なんかほとんど点みたいになっている。
口は半開きだし、俺のカレシとしてそれはどうなのっていう感じだ。
「自称・神奈川No.1ポイントガード、宮城リョータくん」
呼びかけると。
「全国No.1だっつの」
と、素早い復帰を果たした。
「オマエの言葉で言ってみな」
遠くに行きたい、なんてかっこ付けなくていいから。
俺と一緒に行きたいんだって、初めて好きだと言ってきたような、あの必死さで。
そうすれば俺も。
ポケットでくしゃくしゃになっているだろう映画のチケットを、オマエに見せてやるよ。
昨日テレビでやっていたように、用意していたその2枚を。
オマエが言い出していなければ、放課後の帰り道で俺はきっと同じことを言っていただろうという事は、この際どこかに置いたまま。
「俺とデートして欲しいんデスけど。今度の日曜、暇ですか?」
「いいぜ。付き合ってやるよ」
笑って答えると、宮城にぎゅっと抱きしめられた。
ありがとう、ありがとう、すげー楽しみだ! と馬鹿みたいに繰り返しながら。
柔らかい風が吹き抜けた。
青い空を見あげながら、俺を包む温もりにしあわせだと思った。
作品名:SLAMDUNK 7×14 作品 作家名:鎖霧