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綾沙かへる
綾沙かへる
novelistID. 27304
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その白い階段が、天国にいくとは限らない

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 泣いている所を見られたことも、人目を避けて逃げるようにここに居た事も。
 溜息と共に吐き出された言葉は、すぐ隣にいる変わり者の上官には届かなかったようだった。相変わらずどこか遠くに視線を投げながら、黙々と紫煙を燻らせている。
 その、どことなく楽しそうな横顔を盗み見て、少し腹が立った。もちろん自分が勝手に悩んでいて、それがただの八つ当たりであることが解っていても、苛立ちが押さえきれなくなってくる。
 ここが禁煙であることを指摘しても、悪びれた笑顔を返しただけで。
「…フラガ大尉。」
 吸殻を灰皿に捩じ込んでいる相手に向かって声を掛けると、唇の端に笑みを浮かべたまま振り向いた。
「気が済んだか?」
 こちらを覗き込むように言われて、言葉に詰まる。
 視線を逸らしながら、何しに来たんですか、と聞くと苦笑した。
「そりゃあ…悩み多き少年の話でも聞いてやろうかと思ってさ。」
 年長者としてはな、と続けた。
「おまえ、俺に何か言いたい事ないか?」
 意外なことを言われてあげた視線の先に、思いがけず真面目な表情が映る。
「…何かって…別に…」
 自分の意思とは関係なく、顔が熱くなっていく。出撃前ですら見たことのない表情に鼓動が早くなった。
 答えに窮している事がわかったのか、軽くため息をついた。
「あのな、こういう船の中で一番怖い事ってなんだか判るか?」
 幾分柔らかい表情でそう言った。
「…いえ…」
 表情が和らいだことに安堵しながらそう呟いた。
「ここは宇宙空間の中だろ。いわゆる閉鎖空間で、船を出ることはできない。おまえさんが拾ってきた救命ポッドだってそうだ。」
 限られた食料、限られた酸素。人員に対して充分な量ならばいい。けれど予期せぬ出来事が起こって、その限られた物資に不足が生じたら。
「…人間は弱い生き物だ。そのくせ、生きることに執着心が強い。この特殊な環境で、物資を巡って争いが起こったとする。俺たちは軍人だけれど、数で来られたらどうしようもない。集団であるというだけで途端に気が大きくなる。文句を言うくらいならまだいい、もし暴動でも起きたら?それに付随してパニックも起きるだろう、そうなったらザフトとドンパチやらなくてもこの船は全滅する。」
 それが一番怖いんだ、と言ってまた煙草に火を着けた。
「…それ、僕が余計な事したからってことですか…?」
 膝を抱えていた腕に、知らず、力が入った。
「…こら。」
 軽く、額に拳が当たった。
「早とちりするなよ。そんなに眉間に皺ばっか寄せてると、そのうちそういう顔しか出来なくなるぞ。」
 可愛い顔してるんだから、と揶揄する様に言う。
「だから乗組員の精神状態は常にベストにしておくのも俺の役目なの。」
 怒っている訳じゃないからさ、といって頭を掻き回される。
「ちょ…っと、大尉!」
 抗議すると、軽く笑った。いつもの、明るい笑顔。
「…だからな、あんまり一人で抱え込まないほうがいいぞ。もっとまわりに頼れよ。俺とかさ、結構近くにいるんだし。」
 頼れれば楽だろうか。この人は、確かに自分と似たような立場にいて、年上で、大人だ。
 けれど。
「…僕は別に…。」
 この船に乗って、ひどく疎外感を感じた。それはきっと地球軍の船であるというだけではない。
 見上げた先には、白いモビルスーツがあった。
「…これ…に乗ってから、僕もみんなも変わったんですよ。」
 この船でただ一人、コーディネーターの自分。
 まるで、都合のいい人形のようで。ただ、この船を護る為の兵器の一部のようで。
「…僕だって、本当は怖いんだ…」
 押し殺した言葉と共に、再び涙が零れた。
 そう言葉に出してしまってから、少し楽になったような気がした。
「…そう言ってくれたほうが、俺たちとしては有難いね。」
 大きな手が、柔らかく頭をなでていく。
「おまえさ、まだ子供なんだぜ?もっとわがままだっていいし、泣き言だって言ってもいいんだよ。」
 そう言って笑う。それにな、と続けた。
「泣かない人間なんていないだろ。」

 その時の、思いもかけないことを言われた、という顔が忘れられない。
 すみません、と言って小さく微笑んだ少年は、目許を擦りながら立ち上がって、もう休みます、と言った。
「…ありがとうございます、大尉。」
 まだ少しぎこちなかったけれど、ようやく笑顔を見せた。
「…そんなに違うもんかねぇ…」
 一人残された格納庫で、先程まで泣いていた少年を思い返す。
 コーディネーターだといわれても、見かけだけでは判断がつかない。何がどう、といわれても、通り一遍くらいの説明しか自分でもできない。
 確かにいわゆる遺伝子操作によって生まれてきたコーディネーターは、自分たちよりも人間という生き物の能力を最大限利用出来る。けれどもそれはあくまでも人類という種族の中にあって、けして大きな違いではないはずだ。たとえ不治の病に倒れなくとも、戦場に出れば、年老いれば、みな死んでいく。それは生き物に等しく訪れる現実。
「…俺たちは何を怖がっているのか、ってことか。」
 ため息をついて吐き出された言葉は、誰の耳にも入ることはなく、漂う白煙と共に排気ダクトの中に消えていった。
 立ち上がって振り返れば、自身の駆る機体が見える。ほんの少しの安堵感を覚えて、格納庫を後にした。
 ヘリオポリス崩壊からまだ日が浅いせいか、憔悴しきった人々が寄り集まる様にして過ごしている光景に出会うことが多い。人が集まっていても、恐ろしいくらいに静かだった。時折囁かれる言葉は、たいてい保身的な不安ばかりで、こんな状況になってもなお自分ばかりが、と嘆く人もいた。
「…いい大人が…」
 艦長以下、正規の軍人たちが溜息ばかりなのも頷ける。
 仕官専用の宿舎スペースに来ると、それまでの微かなざわめきすらも届かない。自室のベッドに腰を下ろすと、さすがに疲労感が襲った。
 先ほどここを出る時に淹れたままだったコーヒーも冷め切っていて、とても淹れ直す気にもなれない。ただでさえ給水制限が出ている今、コーヒー1杯分すらも無駄には出来ないこともわかりきっている。ゆっくりと息を吐いて、作り付けのテーブルに手を伸ばした。
「…キラ・ヤマト、か…」
 恐らく自分が一番近くで彼を見ているはずだ。余りにも淡々と言われたことをこなすかと思えば、今夜のように一人で泣いている。
 たった数日前に出会った少年は、気付けば自分の生活の一部として当たり前のように存在していた。
「………ヤバイ、かな。」
 友情や信頼を育むことは大切で、特に戦場という特殊な環境では相手に置く信頼は任務の成功率すらも左右する。けれど、その当たり前のことがそうでなくなるのか現在の状況だった。
 にも係わらず、それだけ彼に入れ込んでいる自分がいる。
「…保護欲そそる感じだけどな、艦長も友達の子もそんな感じだし…?」
 皺だらけになった上着を脱いで、チェアに向かって放り投げた。微かな重力と感性移動にしたがって、ゆるい弧を描きながら壁際に漂うそれを気にも留めずに、薄い毛布を広げる。
「起きたらもうちょっと話してみるかな…」