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綾沙かへる
綾沙かへる
novelistID. 27304
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君のいる、世界は01

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緩やかに流れる時間のなかで
その存在を愛しく想う。


洗濯物日和


 ある日、自宅に戻るとメールボックスに白い封筒が入っていた。
 電子メールが最盛期のこの時代に、よほど重要な文書でなければ紙を使った手紙が届く、と言う事がないほどに。
 軽い衝撃と、またか、と言う溜息とともにそれを取り出すと、いつもならすぐに目につく赤い文字が見当たらない。悪戯か、よほど金と時間のある業者のダイレクトメールかと思いながら封筒を裏返して、危うく取り落としそうになった。
 性格を顕わしているような、律儀な文字で綴られた署名。
 戦争が終って1年と少し。
 未だリアルに甦るのは、その凄惨さばかりではなく。
 衝撃が収まると、その名前に頬が緩む。
 「…元気でやってるかな。」
 吹き抜けのエントランスに、夕暮れの淡い光と子供達の笑い声が通りぬけて行った。

 春を迎えるこの時期は季節柄、異動や退職の連絡があとをたたない。
 大抵は電子メールで簡単に、時々古風な老人が葉書で寄越すくらいだった。もっとも、そう言った挨拶を受け取る知人が多い訳でもなく、思い出したように連絡が来る程度。
 当時あの艦で共に戦っていたクルー達もそれぞれの道を歩み、自分のように軍に残っている方が珍しいくらいだった。納得して残っているわけではないけれど、取り敢えず落ちつくまではと頼み込まれてここにいる。
 「…充分、落ち着いただろうに。」
 辞めるタイミングを測っているくらいで。
 そんな時に届いた手紙は、いっそこのまま出勤拒否でもしてやろうかと思うくらいに絶妙だった。

 少し前にこのマンションに移ったのも、そろそろ勘弁してくれよ、と言う主張に対してなかなか首を縦に振らない上層部に対するささやかな反抗だった。軍籍にあるのだから、敷地内の士官宿舎にいても悪いわけではないけれど、ふと思い出した顔が、きっと嫌がるだろうと思ったから。
 小奇麗なマンションは郊外に建ち、立地条件が家族向けではない所が不人気で半分程しか入居していない。結局近くにある連合軍基地に勤務する兵士達が殆どだった。それでも2LDKの部屋は一人ものには広すぎるくらいで。
 薄闇に包まれた部屋に入ると、空調が反応して動き始める。
 締め切ったままだった薄いカーテンを半分程開けて、湿り気を帯びた空気を追い出すために窓も開ける。
 コーヒーを淹れて、リビングに置いたソファに身体を投げ出すように座ると、上着と一緒に置いてあった封筒を手に取った。
 何処にでも売っているような白い封筒。
 その端に切り込みをいれて封を開けると、ふわりと花のような香りがした。
 中から出てきたのは、お揃いの便箋と写真が一枚。
 「…珍しいこともあるもんだねぇ」
 今どきの子供にしては、そう言ったことに縁の薄かった少年。戦争中だから、と言うわけではなく、元々あまり好きではなかったようだった。
 その子供から送られて来た写真には、真っ青な空と、その中で少し照れたように微笑う姿。
 知らずに唇の端に浮かぶ笑み。
 別れた時はただ憔悴しきっていて、短期間の入院が決まっていたほどで。
 その少年が、ここまで快復していて、自分にそれを知らせてくれた。
 単調な画面からは判らなかった、少年の思いの外元気そうな様子に安堵しながら、便箋の文字に目を落とす。
 几帳面な文字で綴られた文章は、これもまた期待を裏切らない。
 お久し振りです、から始まった文面は、近況報告が中心で、今年カレッジを卒業することやプラントの復興の様子などが綴られていた。

 同封した写真は、友達が撮ったものです。
 この空を見ていたら、少佐に持っていて欲しくて送りました。

 その言葉に、苦笑した。
 「わかってて言ってるとしたら、随分成長したなあ。」
 冷めかけたコーヒーをすすって呟く。
 変わらずに少佐、と自分を呼ぶ声が聞こえたような気がした。
 少佐ではなく、教官と呼ばれるようになって随分と時間が経っている。キラとそう年の変わらない新米パイロット達と過ごす時間は忙しくもどこか微笑ましい。
 地球連合と言う組織は解体、再生されて、以前とは全く趣旨の異なった組織になっている。軍と言っても、その中でひっそりと警察の手に追えない懸案を片付けるために駆り出されるだけだった。
 先の戦争経験者は次第に姿を消して行き、自分だけがこの場所に残っていることを時々後悔することもある。けれど、あの少年を待つ間は、ここにいた方がいいだろうとも思っていた。ここにいれば、戦争関係者の情報は簡単に手に入る。
 すぐに見つけられる所に。真っ先に迎えに行かれる所に。
 結局、飛ぶことが好きなのかも知れない。この写真のなかに納められた真っ青な空のなかを。
 ふわりとカーテンを揺らして流れる風に、手にした写真を置いてベランダへと足を運ぶ。
 薄闇に彩られて星の瞬き始めた空を見上げて、晴れた日の午後を思い出す。
 地球にいる自分と、プラントにいる少年の間には広くて冷たい宇宙が横たわっていて、同じ空の下にいるなんて使い古された言葉を呟くことすら出来なくても。
 写真に記録されたような空の下で、共に微笑っていられる日を待ち望んで。
 「…もうすぐだよな。」
 遠い空の向こうを見つめて呟く。

 最後の光を残して消えていくオレンジ色の太陽を見ながら、明日は洗濯物日和かな、と不意に思った。
作品名:君のいる、世界は01 作家名:綾沙かへる