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綾沙かへる
綾沙かへる
novelistID. 27304
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君のいる、世界は02

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そらを駆けていた記憶は
とおくて、ちかい





 低く響く、モーターの音。低い音に時折こぽこぽと水音が混じる。
 間接照明だけを点けて、月明かりのベランダに出る。緩く吹き抜ける風は、湯上がりの湿った髪を揺らして開けはなしたままの窓から部屋の中へと溶けて行く。
 見上げた空には、丸い月。春先をイメージした風も、瞬く星もみな、造りもの。ここには地球と同じ環境が整っている。けれど、どうしても本物を知ってしまうとそのすべてが色褪せて見えて、人の手の届かない力に憧れる。
 自然のちから。
 自分には、ひとつもないもの。
 緩く溜息を付いて、薄暗い部屋の中に戻る。ブラックライトに浮かぶ水槽の中で、鮮やかな衣を纏った小さな同居人達が優雅に寛ぐ様子を見て、小さく笑みを浮かべた。

 結局両親と離れて暮らす事を選んだのは、未だにその衝撃を引きずったままだったから。
 忘れてはならない、罪。
 忘れられない光景。
 戦争が終って、自分の気持ちを整理するには充分な時間流れた。けれど、どうしてもあの優しい人達と一緒にいてはいけないような気がして、プラントの片隅に隠れるように暮らしている。
 忘れてはならないのではなく、それはこの先一生消せない事実だと不意に気付いたのは、まだ戦争が続いている最中。どんな形でさえ、戦争に荷担していた自分。
 もう、同じ位置に立つこともない。
 一人暮しは確かに気楽で、自由だったけれど、その分考え込む事が多くなって、ひとりでいる事に耐えられなくなる事もある。親友や友人達が気を使ってくれるのは有難いけれど、その中に安堵感を見い出せない。
 月に一度、姿を見せる丸い月を見るとあの機体の中から見た記憶を、どうしても思い出すから。
 「…自分で決めた事なのに。」
 こうやっていつまでも引きずる事がなくなるまで、会わないでいようと。
 誰よりも大切で、傍にいたくて、声が聞きたくて、触れたくて、大好きな人。
 自分の過去を知らない人達に囲まれて送る生活の中で、それは本当に偶然起こった出来事で。
 調節されているとはいえ、綺麗に晴れ渡った空の下、友人の一人がそう言った。
 折角だから、写真を撮ろうと。
 それが趣味だと言う友人は、随分と年季の入ったカメラを持ち出して来て、沢山の思い出をフィルムに納めた。アナログな方法で記録を残すそれは、ついもの珍しくて、普段なら意図的に避けているはずの写真にいつの間にか納められていて。
 数日後に渡された写真は、綺麗な青空の下で微笑む自分の姿。
 あの瞳と同じ色に囲まれて。
 泣きそうになるほど、それが嬉しかった。

 「イイ顔で笑うようになったな。」
 久し振りに訪れた親友は、目ざとく部屋の片隅に置いてあったそれを見つけて言った。
 近くの雑貨屋で見つけた、ガラスのタイルが貼ってあるフォトフレーム。写真に合わせて買ったもので、淡い黄色と透明なガラスでモザイクを構成するそれを手に取るアスランに、苦笑する。
 「アスランに隠し事は出来ないよねぇ…。」
 丁寧な動作でコーヒーを淹れながら呟いた。
 友人に無理を言って、同じものをもう一枚焼いて貰った。それを郵便と言うこれまたアナログな方法で送ったのが数日前。メールでも良かったけれど、形に残るものを持っていて欲しかったから。
 写真のことは良く解らないけど、と言ってそれを元の場所に戻したアスランは、運ばれて来たコーヒーに頬を緩ませてソファに腰を降ろした。
 「…なんでアスラン、こんなにコーヒー好きになったの?」
 記憶の中の彼は、どちらかと言えば紅茶派だったような気がした。この一年の間に何かあったのだろうか。
 軽く首を傾げながらそう尋ねると、まあ色々、と言って曖昧に笑った。
 「それよりもキラ、元気そうだった?」
 それが誰の事を指しているのかは容易に知れる。アスラン自身も、全く知らない人な訳ではないのだから。
 「…うん、昨日メール来て。相変わらずみたい。」
 その時の自分がどんな表情をしていたのか、親友は溜息とともに苦笑した。
 それで、とアスランは続ける。
 「あの話、結局受ける事にしたんだろう?そのことも?」
 その問い掛けには、首を横に振る。
 「…あと、半年も先の話だよアスラン。」
 物言いたげな親友に笑みを返して、その話はまだ内緒だからね、と付け足した。

 見渡した部屋は、この年頃の一人暮しにしては小奇麗に片付いていた。
 リビングと、寝室。それが今の自分の世界で、気を遣って両親が揃えてくれた家具も、親友が来る度に残して行く土産も、何処か現実離れしていて未だに慣れることがない。自分で揃えた物は、寝室に全て押し込んである。モノトーンで無機質な、一番生活臭が漂っていてもいいはずの部屋は、酷く冷たい印象を受ける。
 無機質なものに囲まれていた記憶が一番鮮明で、その方が落ちつくようになってしまっていた。
 戦争中に軍に所属していたため、いつの間にか口座に振り込まれた大層な金額に驚いて、ほんの少し生活のために使ったきり放ってある。両親からの仕送りと、たまにするアルバイトで、充分生活していけるから。
 その生活も、後半年で終る。
 電子ロックの掛かったデスクの引き出しを開けると、何通もの手紙。同じ封書で送られてきたそれは、今年の初め頃から来ていて、随分と溜まってしまった。軍の秘匿文書を表す記号が印字された封書を見る度に、記憶は鮮明になる。
 もう二度と関わりたくなかった。
 けれど、あの人はまだあの場所にいる。自分が見付け易いように、待っていてくれている。
 溜息を付いて、引き出しを閉めた。
 扱いは、長期休暇。それをあの人は知らない。復職を促す通知が何度も来ている事も、多分知らないのだろうと思う。今更、自分に出来る事などないと思うのに。
 それでも、傍にいられるならと思うと。
 「…なんて事、してくれたんでしょうね。」
 親友よりも、両親よりも。ずっと一緒にいたいと思うなんて。

 行けばいいさ、と親友は言った。
 「…もう、あの時とは違うだろう?」
 少し前に、意を決して相談した相手は柔らかく笑っていて。
 「今度は、なにもこぼさないように、な。」
 広げた手のひらを、自分のそれと重ねて。
 緩やかに先へと促してくれた親友に、有り難う、と言って笑みを返した。


 そうして、世界と言う水槽に押し込められた魚達は、このなかではせめて自由であろうと、それを求めて、緩やかに動き始める。
作品名:君のいる、世界は02 作家名:綾沙かへる