お箸の話
「イワンくん、君は箸を使うのがうまいなあ…」
「そんなこと…、僕は少し日本に詳しいだけで、」
キースはじっとイワンの手元を見る。
イワンの手にはきちんと箸が収まっている、一方キースはというと箸が絡まってXのようになってしまっていた。
「うーん、難しいね。アジアの人たちはこの不思議な棒を使いこなしているのか…」
「一回覚えてしまえばいいんですよ。ほら、中指を間にいれて、こう、下の箸は動かさないんです」
そういってイワンはお手本を見せたが依然としてキースは不思議そうに見つめている。
「まあ、別に箸なんて使えなくても支障はないですし、そんな真剣になることじゃないですよ」
イワンは軽く笑って箸を棚へしまった。
キースを見ると、キースはまだ少し難しそうな顔をしていた。
翌日、キースからイワンへ電話がかかってきた。
「イワンくん!聞いてくれ!すごいものをもらったんだ!ぜひ君に見せたい!早くうちへ来てくれないか!」
珍しく早口なそれはイワンをキースの家へ急がせるには十分すぎるほどだった。
キースの家まではそう遠くない、15分ほどで着くだろう。イワンの足取りは軽かった。
「やあ!よく来たね!さあ早くリビングに来てくれ!」
インターホン越しでもわかるほど声が上機嫌で、そんなに喜ぶほど今日はなにかあっただろうかとイワンは少し不安になった。
(今日は特に何の日、とかじゃなかったはず…、もしかして僕、なにか忘れてる?)
そんな不安をひそかに秘めながら家にあがり、キースの待つリビングまで早足で歩いた。
「こんにちは、キースさん…?」
「見てくれ!すごいだろう?!」
そっとドアを開けたイワンの目に飛び込んできたものは、目の前の小さなサイコロを真剣に箸で持ち上げたり落としたりを繰り返しているキースの姿だった。
よく見ると箸には見慣れない小さな矯正具のようなものがついていた。
「昨日練習したんだ!」と誇らしげにキースは胸を張った。
「あの、ちなみに箸についてるそれなんですか?」
「ああ!これかい?これはタイガーくんからもらったんだが、箸の持ち方の矯正器具らしい。昨日相談したらくれたんだ!」
きっと彼の娘が以前使っていたものだろう。
それにしても虎徹に相談するとは思わなかった、それほど箸を持つことに興味があっただなんて、イワンは思った。
「これで君と一緒だ!」
キースはにっこりと笑った。
ああ、そういうことか、とイワンは胸があたたかくなるのを感じた。
「そんな器具使わなくたって僕がきちんと教えてあげるのに」
「努力は隠れてするものなんだよ?」
そう少しいたずらっぽく言った彼がとても可愛く思えてイワンはくすり、と微笑みをもらした。