シアター!
タイミングはほぼ同時だった。突然メロディアスになるバック・ミュージックと、女の切ない喘ぎ声。萎える位に大げさなリップノイズ――……
(…これが、したかったわけね)
やれやれ。俺は心の中だけで溜め息を吐いた。
まったく。一体どういう吹き回しかと思ったんだ。ことの発端は、今日の午前に遡った。
『映画に行かねえか』――なんて、似合わないにもほどがある。
映画も映画だった。こいつの趣味として、アクションなんかの娯楽もんならまだわかる。でも一体何を考えたのか、こいつが俺をこの、過ごしやすい午後に不健康にも、連れ込もうとしたのは恋愛映画だった。アホか。お前はアホかと。何が悲しくて男二人で真昼間から恋愛映画なんか…
と、思っていたわけだが。
スクリーンでは主人公と恋人のキスシーンがまだ続いていた。内容は正直良く覚えていない。主人公と恋人が仲違いしてすれ違って、でも結局は元鞘みたいな(性的なイミで)ありがちな映画だったように思うけど――
俺は周りに聞こえないよう、小声に囁いた。
「相変わらず、少女趣味だな」
「……あ?」
「キスしたかったんなら、普通にしろよ」
わざわざキスシーンでキスなんて、ロマンチストにもほどがある。
「――うるせえな!ポップコーンの味させて、偉そうなこと言ってんじゃねえ!」
「馬鹿声落とせ!」
「聞こえねえよ、映画で…」
何のためにこの、人の少ない時間選んだと思ってやがる!とこのバカは言わなくても良い事を言った。
「…甘ったりィ。キャラメルか?」
「そォ。おいしい?」
「調子に乗んな」
イヴァンはフン、と鼻を鳴らした。スクリーンに照らされる顔が唇を舐めるのを見て、なんとなく居た堪れない気持ちになる。
「おい、出るぞ」
「映画は?」
「面白くねえ」
「お前がチケット買ってきたんだろうが…」
溜め息を吐きながらも、面白くないというのは同意だった。スカスカの劇場には俺たちの他に4、5人がいるだけ。まあしょうがない。三流映画だ。俺は先に行くイヴァンの背中を追いかけた。
「お前、またキスしたくなったら映画行こうって言うつもり?」
「別に、キスしたかったから来たわけじゃ…」
「はいはい分かってる分かってる――まあ、今度から恋愛映画にゃ誘うな。もっと面白そうな奴がある時だけ誘ってくれ」
「…おい、それ……」
「バカ。勝手にマイナス思考になんじゃねえよ。そういうことじゃない」
「じゃあ、何だ」
「そこいらの恋愛映画より――……俺たちの方が、よっぽど面白いだろ?」