south
宿を出た俺を追ってきたのは聞きなれた声だった。今は旅の道中、ついさっき宿に着いたところだ。
ここは王都から離れた南の街。うだるような熱気と肌を焦がすような日差し。それと浅黒い肌をした人々と見たこともない植物――
もの珍しさにつられて、フラフラ彷徨い出るのは無鉄砲かなとは確かに思ったけど。…やはり興味には勝ち得ず、荷解きをするリンナを置いて俺はこっそり宿を出たのだが。
――こんなに早く気付かれるなんて。背中に目でも付いているのか?
「殿下、これ」
「…ああ。悪かったよ。俺が考えなしだった、戻る、戻る…」
「そうじゃなくて、これ」
「…は?」
思わず眉を顰めた俺に、リンナは肩を竦めて苦笑した。太陽の強い日差しが、その顔に濃い陰影を落としている。
「これ、帽子です。ここは、日差しが強いですから…」
「あったっけ、こんなん」
「必要になるかなと思いまして。道中で購入しておきました」
「相変わらず気が利くな」
「光栄です」
リンナは諂いでなく嬉しそうに目を細めると、俺に帽子を差し出した。つば広の葦のような植物で編まれた帽子は、顔まで隠してくれそうだ。まさに一石二鳥なわけだが…こいつはほんとに気が利く。
いつまで経っても受け取らない俺に、リンナが不思議そうに首を傾げた。俺はそれが妙に、いとしくて吹き出した。
それで更に不思議そうな顔をしたリンナを、手招きして引き寄せる。それでやっと帽子を受け取ると、帽子の陰でキスをした。リンナが絶句しているうちに、俺は帽子を被って。
――被った帽子は、やはりどこか異国の匂いがした。