今だけは彼の幸せを考えよう
正臣は年のわりには幼い顔をしている自分の思い人を頭に思い浮かべ、思わず笑みがこぼれてしまった。
教室まであとわずかのところで帝人の声が聞こえた。
……どうやら誰かと電話しているらしい。
声の聞こえる教室へとさらに近づき、帝人の様子を覗き見ると、帝人はいつも以上に緊張した様子で電話をしていた。
しばらくして、帝人は携帯電話を切った。
オレがこの世で最も聞きたく無い名前を呼んでから…
帝人は携帯のディスプレイに表示された、さっきまで電話をしていた相手の名前を愛しそうに見ていた。
オレは自分の気持ちをグッと押さえ込み帝人に話かけることにした。
「よ、よ~帝人ーっ!」
その瞬間、帝人の肩が一瞬ビクッとなり帝人は慌てて携帯を閉じ、自らの制服のポケットに入れた。
「わりぃ~わりぃ~…
なんか思ったより長引いちまってよー…
ほんっと悪かったっ…
代わりに
お詫びといっちゃあなんだが…
ナンパに行こう!
うん…
よし。決定!
そうと決まれば、早く行こう!」
オレが一人でそう言い、早速教室を出ていこうとしていると後ろからいつも通りのテンションの低い声がとんできた。
「はあー…
正臣、その考え方……√3点だよ…。
今日も絶好調なくらいに寒いね……」
「相変わらず容赦無い突っ込みだなぁー……帝人ー…」
そんないつも通りのやり取りをいていると、帝人の携帯がなった。
多分臨也さんからメールが来たんだろう…
「帝人ー
メール見なくても良いのかぁー?」
オレは内心落ち着かなかったが“いつも通り”を装い、帝人に向かってそう言った。
「……うん。
良いんだ…。
たぶん大丈夫だよ…」
何が大丈夫なのかは分からないが、帝人の様子がおかしいのは明らかだった。
そしてその理由も…
帝人はオレが目の前に居るから、臨也さんからのメールに出れないのだろう……
オレが“帝人と臨也さんが繋がってる”って知ればきっとオレに怒られ(もちろんオレは許さねぇーし、)連絡を取るのが難しくなる…
だからオレの前では臨也さんからのメールには出たくても出れないのだろう。
オレは「もしかして杏里かぁ~?なになに。二人はオレを差し置いてイチャイチャラブラブと毎日メールしちゃってるわけー?」などと、いつものように帝人をからかいながら二人で学校を出ることにした。
しかし、校門の所に一人の影があった。
それはオレが一生忘れたくても忘れることのできない、黒い服を身にまとった情報屋…“折原臨也”
正直かなり不愉快だ…。
名前を聞くだけで気分は最悪なのに、よりによって目の前に現れるなんて…
オレはチッと舌打ちをしてからその男に話かけた。
「なんの用っすか……臨也さん。
また、池袋に居ると静雄さんに見つかりますよ。」
(てか、むしろ見つかってボコボコにされろっ)
心の底からそう思いながらオレは言った。
オレはあの人にどう思われようが関係ない。
どうせ、何を言ってもだいたいの事は彼にばれているのだから。
「なになにー。
紀田くん心配してくれてんのー?」
「分かってるくせに、気持ち悪いこと言わないで下さい。」
と、オレはこの男の言うことを即否定した。
とにかくここから早く帰りたい。
この男がいない所に…
オレの頭はそんなことばかり考えていた。
「はははっ…
まあ、そうだよねー。
俺も一刻も早くこんな所から帰りたいけど、生憎今日は帝人くんに呼ばれて来たんだ。」
「ちょっと!!
臨也さんっっ!!」
その瞬間、帝人は慌てて臨也さんの口を押さえようとする。
オレはこの様子を見て何度目かの実感をさせられた。
やっぱり帝人と臨也さんはもう……
あの男はオレがどれだけ帝人を思い、大切にしてきたかを知っていて帝人と付き合ったんだ。
そして、大切に思ってる人を奪われて悲しむオレの姿を見て楽しんでいるんだ…。
最低だ……
「と、言う訳で紀田くん。
帝人くんもらって行くよ」
と言い帝人の手を握り、そのままここから立ち去ろうとするから、オレは最後に臨也さんの手を引っぱって帝人には聞こえ無いように小さな声で「帝人を酷い目にあわせたら容赦しませんから」と睨みながら言った。
あの男はなおも楽しそうに「それは、友達としてかな?それとも、思い人としてかな?」などと、分かってることをさらにオレに聞く。
だからオレは「それくらい自分で考えて下さい」とあの人に言い、引っ張っていた手をはなした。
そして帝人にいつものように笑顔で笑ってオレはあの二人とは逆の方向に歩いて行った。
悔しいけど今のオレには臨也さんから帝人を奪う事はできない。
だからせめて、今だけは…
帝人の幸せを考えよう。
オレはそんなことを思いながら急ぎ足で家に帰って行った。
作品名:今だけは彼の幸せを考えよう 作家名:悠久