檸檬のはなし
木桶に張った水へ注ぐ太陽光は幾度も反射を繰り返し、元のかたちを失い、乱れ、照らす、揺れる檸檬を。
浮かべられたそれは何だと問えば、檸檬だ、と長曾我部が答えたので、毛利は浮かべられたそれを檸檬である、と考えることにした。
「それで。檸檬とは何だ」
「何だって、檸檬は檸檬だ、果物の、檸檬」
ふたりが腰かける縁側にも太陽光は照る。装束からのぞく肌も、後ろ手をついた床板も、なにもかもを焦がしてしまいそうに強く、熱く。
「檸檬。知らねェか」
「名だけは。実物を目にするのは……初めてだ」
毛利の見つめる先では幾つかの檸檬が水に揺さぶられている。水面で檸檬が揺れれば、桶に沈んだ影もそれを追いかけて揺れた。
「随分と鮮やかな色をしている」
「檸檬色なんて言うらしいな」
檸檬の黄色と、影の鼠色の対比を視線で追う毛利。追う毛利の横顔を追う長曾我部。追う長曾我部の銀色をした髪を輝かす太陽。
まだ変わることのないであろう景色、その中で、揺れる檸檬だけが彼らを動かし得る要素であるのに気づいたのはさて、誰か。
長曾我部は腕を伸ばすなり檸檬を一つ、乱暴に掴む。毛利の見つめていたかもしれない檸檬だ。
そしておもむろにそれへ噛みついて、厚い果皮を、果肉を、もろともかじり取る。
口へ含んで、飲みこむより、咀嚼するより先に自分と毛利の唇を合わせた。強引過ぎたか、と内心長曾我部は考えるが、そんなものは建前でしかなかった。強引過ぎるくらいが長曾我部も毛利も丁度よかったのだから。続く行為が何よりの証明である。
差し入れた舌から毛利の舌の上に刺激を広げて。
刺激はやがて甘味のように感じられて。
喉奥からこみ上がる呻きは呑みこんでやって。
放す。
「味は知らねェって言うから」
果皮ばかりになった一口の檸檬を吐き出して長曾我部が言う。
毛利はむせ返る。
その姿を見て、喉奥にほんの少し残った酸味がまとわりついているのだろうかと、長曾我部は嬉しくなる。自分も同じだからだ、まとわりついた酸味が未だ離れてくれない。
「暑ィな」
離れてくれるなと、彼は思う。
毛利はもう、檸檬を見てはいなかった。