堕落者3
夢小説と、異世界と、そこに入り込んでしまった私。私は現実にいない。私にはしっかりと現実が記憶されているというのに、私が思い描いていた現実よりも、今化け物といるこの世界が私にとっての大事だった、とでもいうのだろうか。現実はあったのに、私にとっての現実は確かにあったのに、そこに住む家族なら、きっと私に賛同してくれるのに、現実が無い訳無いだろう。現実はあるのだ。
現実はあるが、ここまで身に起きた出来事の筋道を追っていけば、これはまるで夢小説みたいだった。夢小説、そう思って、しかしそれでは、現実があると断言した私が、そもそも夢小説の主人公だったというように思えてきて、私の記憶にある現実と、そこに住む家族をひっくるめて、夢小説の世界だったいうことになってしまって、私は呆然とした。現実とこの世界をひっくるめて夢小説だったというのなら、けれどそれは、あまりに馬鹿げていて、信じて私にメリットはなく、それが真実だったとして、私は信じたくなくて、私がでたらめに導き出したこの仮説よりも、猫又の言った戯言の方が信じられるように思えてきやしないか。
どんなに言い訳を考えたところで、青春学園という名が名として掲げられる事は有り得ない。そこから連想されるのはテニスの王子様という漫画だ。そして、私がそこから連想するのは夢小説しかない。なら、ここは夢小説の世界なのだろう。私が話のヒロインだったという事ではなく、ただ単に、私は猫又の言うとおり、猫又に連れ去られて内世界とやらへ来てしまっただけなのだ。
「落ち着いたか」
猫又は言った。
「読んだの?」
言外に、頭の中を覗くなと、以前言ったと訴える。
「思考は読んでいないが、感情は読み取っている」
「感情?」
「喜怒哀楽などの情動だ」
私は息を整えると言った。
「つまり、機嫌はわかるけど、何考えているかわかんないってこと?」
「そうだ」
私は溜息を吐く。そのぐらい小さいことだと思えてしまったので、そのまま放っておくことにする。
「猫又」
「なんだ」
「さっきの部屋に戻る」
「御意」
三度目の眩暈だった。
意識がはっきりしてくると、片手の違和感に気付く。猫又が私の左手を取っているのだと分かると、すぐ猫又は手を放した。
「すまない」
一言そう言われて、はっとした。猫又はちゃんと、私が眩暈を起こしていたのを知っていて手を添えてくれたのだ。私は口を開きかけたが、結局口を噤んでしまった。手を貸されるほどの眩暈ではなかったし、一、二回目はそういった気遣いなどなかった。
「これからどうしたい」
その言葉に少し腹が立ったが、彼がそう言うのは尤もだったので、私はとりあえず返答する。
「この部屋ってどこの部屋?」
「マンション最上階の一室だ」
最上階。言葉に興味が引かれ、試しに言った。
「ベランダってある?」
「ああ」
「行きたい」
ドアに手を掛けようと、考える間もなく眩暈。
流石にうんざりしたので、視界がまだはっきりしないうちに言った。
「私に言ってからテレポート使って」
「御意」
目の前は広く開けていた。柵に手を掛けて顔を突き出してみれば、建物の立ち並んだ明かりや駅から走る光の羅列、そして自動車のうごめくライトが、目に飛び込んでくる。今私の目には見えないが、先ほど行った通りのように、人々はまだ忙しなくその足を動かしているのだろうか。そう思い馳せれば、呑気にも、胸が湧き立つのを感じた。