堕落者6
「ね、ね。鈴って、ここまで体を変化させる事が出来るって事は、体を作り変える事も出来るの」
「ああ」
私は喜んで、長年の夢を述べた。
「じゃあ、試しに視力4.0にしてみて」
言って、すぐだった。目がかっとして、衝撃が頭にまで響き、私はよろけそうになる。咄嗟に体は支えられ、私は鈴の手を借りて立ち直そうと体を振り起こす。人型をしていた鈴の顔を見てみれば、髪一本一本の生え際や肌のきめ細かい様子、彼の目の虹彩の動きまではっきり見え、私は感嘆する。
「この視力には、体の時より早く慣れるだろう」
そう言った鈴の唇の皺まで、私の目には鮮明に映った。
「ベランダ連れてって」
「御意」
鈴に抱きかかえられ、ガラス戸から外に出て、私は思わず声を漏らした。こちらに来て、いつもちらちらと窓から覗いていた光景のはずなのに、見覚えのない光景がそこにあった。こちらに迫り来るかのような、迫力があった。うんと遠いビルだって、双眼鏡等のレンズを通して見ているわけでもないのに、窓の形や掘り込まれた壁の溝までよく見える。遠くに飛んでいる鳥の数さえ、難なく数えられるのだ。
しばらく感動していたが、ある事に気付く。
「なんか、最初見たときより、……階数、下がってる?」
今自分が子供の体をしているからなのか、けれど、私は今鈴に抱えられている。それにしては目線が以前より低かった。
「ここは1994年だ。自然にするため、階数を十階ほど下げた」
「え?1994?」
1994年と言えば、私が四歳の年だ。
「1993年じゃなくて?」
「ああ」
「なんで?」
「あなたがこちらの世界に来た時、この世界は2011年だった。あなたの体だけが十五年若返るのは不自然だったので、世界ごと十五年前へ戻した」
もう彼との会話にも慣れ、面倒なのでそれで納得しようと思ったが、どうも引っかかる。
「なんで2011年?」
私はテニスの王子様に、近未来でも求めていたのだろうか。それにしても、未来にしては近すぎる。
「あなたは大抵、夢小説でキャラクターと同じ年だった。そして、良く読まれていたのは中学三学年のキャラクターだ。それにあなたを当てはめるとすると、不二周介が二月二十九日に誕生出来ないので、彼の誕生の可能な年となった」
「それだと、ちゃんと閏年に……?ああ、そうか。1992年の二月二十九日ね」
「ああ」
「って事は、私、ここでは生まれが1991年なのか」
「ああ」
それでは弟の生まれた年だ。
「って事は、弟は1993年生まれ?」
「ああ」
「で、この世界の皆は事故死して、あれ、祖父母の老衰は?」
「後十年間に死ぬ予定だ。実在はしてないが、事実上、今は生きている事になっている」
「あんたはなんで私の親権勝ち取れたの」
「経済面が問題なく、血も繋がっている事にした。名乗り出れば、そうなる」
「そう。なんだか、若返るだけじゃないんだね」
状況を飲み込むまでには時間が掛かった。取り合えず、鈴は私の言い付けを守るために、秩序からはみ出ない程度に事を収めてくれていたようだ。
ベランダから部屋の中へ戻り、鈴に床へ下ろしてもらった。視線は低くなったが、こんなにも細々と見通せる目を持てた事へ、私は笑った。