堕落者8
最初、中等部の合唱部による、お祝いの合唱があった。学園側の親へのアピールだろう。それでも、私たち幼児のためなのか、思ったより短く終わる。その後に学園長の話、理事長の話、幼稚舎舎長の話、来賓祝辞が続いたが、それぞれ長い話になる事も無く、最後にそれぞれ担任と副担任の紹介をして式は終わった。そして、今日はこれだけで終わりだ。
「すごかったね」
「ああ」
久しぶりに多くの人に囲まれたので、私はすっかり放心してしまっていた。それにしても、入園に二百名とは、幼稚舎全体で何人なんだ。
「鈴、幼稚舎のパンフレット」
「御意」
歩きながらめくって見ると、そこには全幼稚舎舎児七百六十名と記されていて、私はしばらく黙りこくる。
「なんだこれ」
「三歳児は男女八十名ずつ、四歳児は男女二十名ずつで、クラスは五クラスだ。」
視線を下に滑らせれば、準年少組が百六十名、年少、年中、年長共に二百名ずつと記されている。
「何でこんなに」
「初等部は全校生徒約二千四百名で、中等部は全校生徒約千八百名だ。中等部男子テニス部へ約二百名が所属するのに、不自然では無いようにした」
あまりに大きな数字なので、ぴんとこない。氷帝のテニス部員が二百人もいる事はよく知った事だったけれど。
「それだと自然なの」
「中等部全男子生徒が約九百名と考えれば、だいたい十人に二人の割合だ」
「クラスで言うと?」
「一クラスに、だいたい四人程度だ」
「学校側で、部活に絶対入れってわけでなく?」
「部活の所属は自由だ」
それなら、確かに自然かもしれない。偏りが出て一クラス九、十名ぐらいにもなる可能性や、他の部活と帰宅部の存在を踏まえてみても、テニス部に多い比重だ。けれどその自然さのために、一般の学園からしてみれば、あまりに不自然では無いのか。
「鈴」
「何だ」
「ここって、夢小説の世界なんだね」
「ああ」
今更ながら、ようやくその事を理解出来た気がした。
「皆さん、おはようございます」
次の日の火曜日。先生の挨拶の後に、元気の良い挨拶の声。
「今日から新しいクラスになりました。皆さん、自己紹介をしましょう。自己紹介というのは、自分の名前を言って、よろしくお願いします、と言うものです。では私から。私の名前は林伊沙子です。よろしくお願いします」
そう言うと先生が手を叩く。「拍手ですよ」と注意を受け、皆で拍手をする。ではそちらの机から、と言って、先生の言ったとおりに自己紹介が始まる。僕の名前は。私の名前は。たどたどしいがはっきりとした口調で、自己紹介のリピート。拍手の繰り返し。
「私の名前は天笠凛です。よろしくお願いします」
拍手。なんで、自分の紹介の後に自分で拍手をするんだろう。
「僕の名前は跡部景吾です。よろしくおねがいします」
拍手。なんで、お前が僕なんて言ってるんだ。
彼の胸元の名札を盗み見れば、そこには「けいご」と書いてある。髪は栗色で、目は青い。彼はあまりにもイメージ通り過ぎた。こうして私は、この世界の存在を実証されてしまったわけだ。