堕落者9
端まで全員走ると、もう一度走らされ、一往復する。次の動きに移った。
「はーい、では先生達に捕まらないよう、逃げてください」
そう言って、先生方がゆっくり動き出すと、楽しそうな悲鳴があちこちから聞こえ出す。たいいくとは名前が立派だが、その内容は遊びだ。大方、運動遊びといったところか。途中先生に抱きしめられたが、子供達が入り乱れる中、私も私なりに逃げてみせた。
終わって、着替えて、教室に戻ると、そこにはすでに給食が用意されていた。初等部校舎調理場で作られてます、パンフレットより。席に着くよう言われたので、適当に空いた席を探し、座る。席は特に決まってないようなので、何も注意されない。よく見てみれば、箸は箸置きに置かれていて、その丁重さに驚かされた。
給食をおいしく頂き、持ってきていた歯ブラシで歯磨きをし終わると、午後の自由遊びの時間だ。私はすぐにむーちゃんを探しに行く。どこの組か聞いていればよかった、と後悔しながら、教室を覗くけれど、あの、皆より一回り大きな背中は無い。さては、と絵本コーナーに向かってみるが、そこにもいなかった。他にあても無いので、幼稚舎内をぐるっと回ってみる事にする。
改めて歩き回ってみると、幼稚舎は広かった。注意を払って見ても、なかなかその姿が見えない。窓から外を覗いてみても、走り回る子達の中に、彼はいない。とうとう歩きに歩いて一周すると、果たして、彼はいた。
絵本コーナーで、跡部と絵本を読んでいた。
遠目でそれを眺める。彼らは、仲良く二人でいるのが作中での設定だったし、これからきっと、入っていく隙は無いだろう。今日の朝、跡部が樺地の元へ行かなかったのは、何故だったのか見当つかないけれど、あれは稀な出来事だったのだという事が分かった。朝のチャンスを見逃さなかった事だけが救いか。
私は諦めてすごすごと教室に戻った。お絵かきグループにいれてもらって、一緒に絵を描く事にした。久しぶりに他の人の絵が見られたし、他の子の見よう見まねで描くのは楽しかったので、すぐに気は紛れた。
時間を忘れて描いていると、先生方の呼びかけが始まる。御片付けを急かされ、みんなでクレヨンを元の箱に戻し、仕舞う場所を知っていた子が進んで戻しに行ってくれた。落書きした紙は先生が丸めて持って行った。持って帰りたいという子は、自分でカバンへ入れに行っている。皆が忙しなく動いて、片付けが終わると、鞄を持って席に着くように言われた。
帰りの会。プリントを一枚だけ配られる。鞄の中に入れるよう言われた。
「今日も一日がんばりました。皆さん、さようならー」
挨拶もし終わると、先ほどから廊下で待たされていた母親たちが教室に入ってくる。皆、親に帽子を被らされたり、鞄を背負わせられて、帰っていく。
眺めていれば、鈴が私のところへ来た。
「帰るぞ」
そう言って、尋ねる事無く私の手を握る。
「うん」
鈴がそういった事をするのは、初めてなのではないだろうか。これまでずっと、彼は私の言うことを聞いてばかりで、彼が私に何かしようにも、事前の報告を忘れた事は無い。彼はちゃんと父親を演じているだけ、そう思っても、何だかくすぐったい気持ちになった。
「どうだった」
「楽しかった」
大きな声でそう言うと、鈴は笑った。