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灰に咲く花

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灰に咲く花




世界からこの人が消えても、私には響かない。
初めから持たないものを、喪失することはできない。

そう、思っていたのに。


「合格おめでとう」
まだ肌寒い初春だった。
制服姿で発表を見た帰り、少し大学を離れたところで、赤林はまるで偶然のように杏里を待ち受けてそう言った。
「赤林さん」
まだ報告もしていないのに、もし落ちていたらどうフォローするつもりだったのかと危ぶみたくなるほどあっさりと祝され、杏里はありがとうございます、と頭を下げる。
感情表現の乏しい少女から、合格の安堵と喜色を読み取ったのかもしれない。それができる程度には、長い付き合いになる二人だった。
親のいない杏里が私立の大学を受けられたのは、援助があったからこそだ。
遺産を管理してくれたのは、赤林が紹介した弁護士だが、惨劇のあった不動産を処分した程度、大学にかかる費用を賄えたとは思えない。何度か問いただしてみても、赤林はへらりと笑ってかわしてしまう。
「何か、お祝いをあげなくちゃねぇ」
「そんな」
「遠慮しないで。杏里ちゃん、頑張ったんだから」
何がいいかな、と宙に目をやる赤林は、杏里にはまるで人畜無害の面をしている。
勿論、罪歌を従える杏里には、彼の情報は正確に伝わっている。
粟楠の赤鬼。
その凶暴な力も。
罪歌を退けた、その過去も。
「・・・・・・」
赤林と向き合いながら、杏里の胸の内で罪歌は言葉少なになる。
(息が、楽。)
頬にひきつれた傷跡。
暗い眼窩を埋める虚無。
「杏里ちゃん?」
そこにある絶対の拒絶こそが、「私」を安らげてくれる。
「・・・お祝い、ほんとうにくれるんですか?」
「もちろん。何でも言って?」
まるで屈託のないような赤林に、杏里はすぅ、と息を吸った。
「ほしいものが、あるんです」
あなたにしか、与えられないものが。


額縁に手を伸ばす。
胸に渦巻く愛のささやきが、水打つようにしんと冷える。

かみさま。
この美しい絵に、触れてもいいですか。


作品名:灰に咲く花 作家名:かなや