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積ミ木クズシ。

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私が、この国で一番最初に知った事。

何かを成す。その意味も。

立ち位置が違えば答えも違う。






“もしもまた生まれるならば、誰かを守れる優しい艦に”

“弟と共に歩めるように”

もう覚えてはいないけれど。
目を開けるより前に、私は確かに誰かの声を聞いた。




トランペットのファンファーレ。その音に、緊張がひとつ跳ね上がる。そして同時に、生まれ故郷が遠くなった。
華やかな進水式。
その青い空を、いくつもの白い鳥が舞った。白と青のコントラスト。その美しさに、その意味に、私は目を奪われた。


「軍艦の進水式に、平和の象徴である鳩を飛ばすなど」

振り返ると、英国戦艦の彼もまた。私と同じように空を見上げていた。

「日本國も、ずいぶん意味深いことをする…」

嬉しそうに、そう言った。
そして、また同じく空を見上げた。白は自由に、青い空を駆けていく。彼らには、領土も境界線もない。どこまでも自由だ。それを眩しく思った。

自分達は戦艦。
あの鳩が象徴する平和とは、まるで真逆の存在だ。
自分達の生まれた理由は、国の威信を見せ付けること。軍事力を、技術と豊かさを、他国に示すこと。だけどその微妙なバランスが、ずっと上手くいくとは限らない。武力は、相手がいてこそ成り立つものなのだ。だから自分達が望む望まないに関わらず、自分達の終着点は、結局戦争なのだろう。
そう思っていたのだ。

私は、少し照れた顔で「そうだな、」と言葉を返した。
だから、この白い祝福が嬉しかった。

「ここでお別れだ」

後ろから声がする。足音が止む。
振り返る。彼が手を差し伸べる。その手と彼の顔、両方を見比べた。

「今この時より、貴君は日本國の戦艦だ」

緑の目が、柔らかく細められる。
手を伸ばして握手を交わした。堅く。堅く。想いを交わした。

「けれど私と貴君は、同じ故郷を抱く者」

「願わくば、共に手を取り合えることを」


“願わくば 銃口を 向けることなどないことを”


続く言葉はお互いに分かっていたから。痛いくらいの握手を交わして、笑顔で別れた。
生まれ故郷と袂を分かつのは、正直勇気が必要だった。いつか銃口を向けるかもしれない。軍艦であるからこその焦燥。けれど、この祝福が後押ししてくれた。
そんなことは、きっとない。
希望に溢れた旅立ちだった。
まだ自分が戦争を、なにひとつ見ていなかった頃の話だ。
まだ自分が人間を、なにひとつ理解していなかった頃の話だ。
それは、もうずいぶん昔の話のような気がする。





「だから。人間には言葉があるって言ってやったんだよ。そしたら…」

「そしたら?」

「…わけ分かんねぇ。アイツ、顔真っ赤にして、どっか走っていきやがった」

抱えた膝の上に顔を伏せる。その姿が、どこかの誰かによく似ていた。

「…長門も、やっと気付いたんだろうねぇ…」

(…自分の気持ちに)

「…だよな!?金剛もそう思うんだよな!やっぱり、人間は言葉で通じ合えるんだ!」

顔を上げた陸奥が、素っ頓狂な声を上げる。
そして気付いた。自分の言葉を誤解したのだろう。自分が陸奥に対して思ったことを、陸奥は人のことだと誤解したのだ。
本当に、心から嬉しそうな笑顔が零れる。それは、信じてなにひとつ疑わない顔だ。

(ああ。なるほど、これを見たワケね)

長門は、陸奥が自分に笑いかけてくれるのを夢見ていた。それこそ、まだ陸奥が完成せず。ドックの片隅で眠っていた頃から。

(自らが止めた時間が、再び動き始めた、と?)

考えを巡らせる。冷静に現状を眺める自分がいた。

「なんだよ、なんだよ!人には話は最後まで聞けって言う癖にさ!自分は都合悪くなったらトンズラかよ!」

陸奥が喚く。
そう言いながらも顔は笑っていたから、横にいる赤城が、「まぁまぁ」となだめていた。
その赤城の顔を盗み見る。以前よりも。彼はずっと、良い顔をしていた。

(ここはここで、上手くおさまったようだね…)

自分の道筋を見つけたんだろう。まるで憑き物が落ちたかのようだ。陸奥に笑いかけるその顔が、以前のような作り物めいたものではなかったから、そっと胸を撫で下ろした。

(その為に、引き合わせたんだけどね)

長門の代わりになるように。


ふたりをそっと見つめた。一瞬。赤城の今いる位置に、長門がいる幻想を思い描いた。
そう、あのことさえなければ、今そこにいるのは長門だったはずなのだ。
けれど、それはもはや叶わない。
いや。今更、叶ってもらっては困る。


「長門は素直ではないからのぅ…」

だから。気付かないふりをして、肯定も否定もしない言葉で返した。
二人が笑うから、自分も一緒になって笑った。



自分は知っていたはずなのだ。
微妙なバランスが、上手くいくとは限らない。自分達の関係は、長門と陸奥を中心に成り立っている。その不安定な積み木が、ひどく心地よかった。
積み木に重ねていくのは、ひとつずつのちいさな嘘だ。ひとつずつは小さくとも、積み重なって、重くなる。
それはそれは不思議なことで。積んでいくうちは、崩れないと信じている。崩さないように知恵を絞る。それでも積み木はいつか崩れる。ずっと先を見通せるほど、誰も器用ではないのだ。
それでも。積んでいるうちは、自分は長門に必要とされる。


この国にきて初めて知った。
故郷では平和の象徴と持て囃されていたあの鳥は、ここでは戦の象徴だった。

陸奥は言った。
人には言葉がある。
言葉があれば人は通じ合えると。
だが言葉だけでは、人は理解し合えない。分かり合えない。


言語の違い、文化の違い、宗教の違い。信じるものの違い。
国と国との違いは、人と人との違いは、個の幸福と同時に不幸なことだった。
人は欲深い。誰かと自分を比べることをやめない。そして、自分の許容できないものは排除する生き物なのだ。
人の歴史は争いの歴史だ。



(まあ、それはワシらも変わらんが…)


だから、自分は人と同じ姿をしているのだろうか。
そこまで考えて、自嘲に似たため息を漏らした。


顔を上げると、陸奥と赤城が話し込んでいた。
自分のことなど、もしかしたらもう気にも留めていないのかもしれない。それでいい。それなら、長門が立ち入る隙間もないだろう。
それでいい。



あの日。
日本に引き渡されたとき。
海面に、小さな影が浮かんでいるのを見つけた。
綺麗だった白い羽は、海水を含んで汚れていた。
自分は確かに思ったのだ。
飛び立った彼らには、領土も境界線もなく自由だと。眩しくて羨ましいと思ったのだ。その後の彼らが、どうなるのかも考えず。


見通せる未来などない。
だから最期がくるまで。
ワシは積み木を積むだろう。


いつかそれが、
崩れて壊れるその日まで。




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日本に来る前の一人称は「私」という、とても都合のよい設定でお送りします←
作品名:積ミ木クズシ。 作家名:呉葉