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避暑地にて

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ナルトは困っていた。うんうん唸っていた。
 しかし、元来悩むだとか考えるだなんて頭を使う作業は苦手とするナルトだから、名案はそう簡単に浮かばない。あたりを見回して、そこらへんには人っ子ひとりいないことを確認してため息をついた。誰か、誰でもいいから助言を求めようとしていたのかもしれない。ナルトにはこういうところがあった。
 ナルトは忍者としてのプライドは多分にあるが、人として恥ずかしいだとかそういった類のプライドは、申し訳程度にしかない。それはナルトの特殊な生い立ちがそうさせたのだが、はたから見ればノーテンキで頭のネジが少しゆるい青年である。その認識も年月を経てだいぶ変わってきているのではあるが。
 しかし今は夏。照りつける太陽のもとでいくら考え事をしていても名案なんてそうそう浮かばないだろうに。
 サイは持っていた本を閉じると、広場の木の下のナルトに涼しい部屋の中から声をかけた。
「ナルト、おはよう」
 2階からなので少々声を張るがナルト以外誰もいないので気にしない。そもそも今日の気温は何度だ。こんな暑い日にわざわざ外に出ようだなんて、ましてやその猛暑の中で考え事をしようだなんて馬鹿以外の何物でもない。
「なにしてるの、バカみたいだよ」
 そう言うと、こちらを向いた瞬間笑顔だったナルトの顔は凍りつき、頭に角を生やしてこちらの窓縁まで登ってきた。
「バカっていうな、バカ!」
「失礼だなあ、僕は少なくとも君よりは賢い自信があるんだけど」
 とりあえず暑いんだから中にでも入ったら、と窓から招き入れる。まだナルトは言いたいことがある風だったが口を尖らせてそんじゃあお邪魔するってばよ、と桟に足をかけた。


 客には茶を出すべし。『客人のもてなし方・第一項』に書かれていた言葉を思い出してサイは台所に立つ。第一項に書かれているぐらいなのだから基本中の基本なのだ。
「レモンティーでいいかい?」
 思えば客人を招くのはナルトが初めてのサイは、些かの緊張と高揚する気持ちがあった。まあ失敗しても、この青年なら許してくれるだろうからそこは気楽にできるのだが。
「おお、サンキュな」
 飾られている絵が珍しいのか、椅子に座りながらきょろきょろと青色の目をせわしなく動かしながらナルトは答える。こんなことなら掃除を午前中に済ませておくんだったな、とティーセットをお盆に乗せた。
 ふふふ、と自然にこみあげた含み笑いにナルトが反応する。
「何笑ってんだよ」
 またバカにしやがんのか、という威嚇の瞳だ。サイは自分もこれくらい感情を表に現せる日がくるだろうか、と思ったが、いやそれはないな、と即否定する。これはさすがに根失格……というか忍失格だ。
「友人を招いてお茶を出すことが出来て嬉しいんだよ」
 レモンを薄く切った皿とガラスポットに入ったストレートティー。そして小さな魚がワンポイントのグラスを机に置いて、サイも椅子に腰かけた。茶菓子の類は残念ながらこの家には置いていない。
「あのさ、サイって本当にストレートだよなあ」
 苦虫をかみつぶしたような表情で、しかし幾分の照れの入った表情で言うナルトに首をかしげた。もちろん手にあるストレーティーのことではないことはサイにもわかる。
「それはナルトの形容詞じゃないか」
「オレとは種類が違うじゃん。なんか、こうお前のはさあ……」
 うまく言葉にできないらしく、唸ったままのナルトを尻目にグラスにお茶を注ぐ。言語能力も情報収集能力も低いのに何故こんなにも考え込むのか。彼はひょっとしたらマゾかもしれない。と本人が聞いたらそれこそ大激怒することを素面で考えながら。
「それで、なに考え込んでたんだい? さっき」
 カランと中の氷を揺らしてサイは問うた。今、自分とナルトの違いについて議論する気はさらさら起きない。
「どうせ君のことだから新術に行き詰ってるとか今晩のご飯は原点回帰でしょうゆラーメンにするだとかで悩んでたんだろう」
 う、とのどを詰まらせるナルトを見てビンゴか、とため息をつく。本当はもう少しシリアスな悩みかとも思っていたのだが。そう、あの抜け忍の彼のこととか。
 ナルトは口を尖らせてグラスに浮いている水滴をいじる。
「いやさ、長期任務から帰ってきたら冷蔵庫が壊れててさあ」
「……へ?」
 なにやら世間話でもしだしそうなナルトをサイは慌てて止めた。
「ちょっと、後者なのかい?」
 コーシャ? と聞き返す青眼は本気の色だった。今晩のご飯をなににするかで悩んで、なぜか夏の太陽のもとで金色の髪を無駄に輝かせていたらしい。サイは呆れてため息をつく。
「いいよ、続けて」
 手でひらひらと促すと、ナルトは頷いて続けた。なんと、今日は友人の非常に生活的な悩みを聞くことになった。しかしもうサイはわあこんなことはじめてだ、と感動することはなかった。せめて、新術だろう。
 しかしグラスが空になる頃には、夏場に冷蔵庫が壊れるとどれだけ恐ろしい事になるのか、サイは熟知することになる。
「んで、取るもの取らず、ほうほうのていでここまで逃げてきたんだってばよ」
「……でも早く駆除しないと近所の人にも迷惑だよ」
 わかってるってば、と言ってグラスを突き出すナルトに黙っておかわりを注ぐ。怪談の類が苦手なのは知っていたけれど、虫も苦手とは。
「確かシノくんなら虫と心を通わせられるんじゃない?」
「行ったよ。そしたら、こんな時だけ頼るのだな……とか言うんだぜ?」
「あ、真似? 似てるね」
 そう言うとなぜかナルトはピタリと動きを止めてこちらに視線を送ると、盛大にため息をついた。とにかく、と路線変更を図るナルトを内心ほほえましく眺める。
「このトラウマを払しょくするにはひと晩かかると思うんだよなあ」
 ぐびっとレモンティーを煽るナルト。健康的な色の喉元がごくりと揺れた。
「そこでだ、サイ。お前に頼みがある」
「いいよ」
 快諾すると、気張った顔をしたままナルトは固まった。変な顔だなあとサイは思う。
「……へ、なにが?」
「なにがってなにが。泊めてほしいんでしょ。どっちにしろ夜ごはんは買い出しに行かなきゃいけないけど」
 ごはんなににしようか、と次の話題に移ろうとしたら、今度はナルトからタンマの声が上がった。
「ホントーにいいのかよ? いやさ、つーかさ、会話の順序っつーか駆け引きってもんが……まあお前に言ってもアレだけどさあ」
 どうやら ナルトは渋って欲しかったらしい。変わり者だ。しかし元来ノーテンキなこの男。まあいいや、とものの数秒で開き直った。
 実際、2人とも人とのかかわり合い経験値がそんなに高くないのが、この問題を帳消しにしたのだろう。
「とりあえず、感謝するぜ、サイ!」
 へへっ、と笑って礼を言うナルトにサイも知らず笑顔でいいよ、と答えた。
「でも、初めてだ」
「何がだ?」
 何杯目だろう、よほどレモンティーが気に入ったのか、ナルトがグラスを傾けていると、サイはくすぐったそうにつぶやいた。
「僕の家に人泊めるの」
「ああ、そうだろうなあ」
 特に深く考えずに肯定すると、機嫌を悪くするでもなく、サイは続ける。
「うん、ナルトくんが、初めてだ」
「なんかそんな言葉、エロ仙人の本に書いてあったってばよ」
作品名:避暑地にて 作家名:shin3