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【臨帝】さよならの雨・抜粋

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※切断手前注意


「なんですか、この匂い」
 エタノールのツンとする匂いに帝人の視線は動き回った。
 すぐに床にあった空の容器に表情を変える。その量に驚いたのだろう。ほぼ百パーセントのアルコールはシーツに染み込みあるいは気化した。
「臨也さん?」
 帝人の戸惑いなど気にもせず臨也は帝人の太ももに触れる。赤い鬱血痕の散っている足。
 恥ずかしがるように「やめてください」と後ずさる帝人を構いもしない。
 太腿の根本を固くベルトで締め上げる。それでも問題あるだろうと縄も使う。苦痛の声も退けようとする帝人の腕にも屈することなく臨也は淡々と作業を進める。
「な、んで? なんですか? 何を……」
 両足の根本から締め上げて臨也は帝人に微笑みかける。
 どろりとした感情を覗かせる瞳を細めて「じゃあ、切ろうか」と言った。
「なにを、なに……」
 不穏な気配に震える帝人の足を撫でる。ナイフで縦に裂く。喉の奥で詰まった声を上げる帝人を差し置いて「あ、はい。もしもし? あぁ、大丈夫です。開けてますので、そのまま運び込んでください。はい、はい。ありがとうございます」爽やかに電話口に応対する臨也。
「痛くはないだろ? 神経毒の類を塗ってるから感覚はないはずだ。肉が削げたら痛くなくてもビックリするよね」
 あはは、と臨也は笑う。
 それだけなら何処もおかしいところはない。
「こ、こんな」
 こんなことをしながら笑っていられることが信じられないと帝人の表情は言っていた。
「ありがとう。だから、これは俺からのプレゼントだ」
 噛み合うことのない会話。意味が分からない。
 ドカドカと人が入る音に臨也は部屋の扉を開けて「ありがとうございます。はい、そこに。そこに置いといてください。サインはテーブルの判子で。すみませんね、ちょっと手が離せないんです」愛想よく顔だけで言う。部屋の中にある身体は叫ぼうとする帝人を拘束していた。
 配達業者が出て行ったのを見て臨也は帝人を放す。
「ひどいなぁ」
 帝人の口にやっていた手は噛まれて血が滲んでしまっていた。
「どうしてこんなことするの?」
「それはこっちのセリフですよ。何のつもりですか」
 自由になった手で帝人は足のベルトに触る。呆然としていたのが嘘のように動きが速い。正気に戻ったのだろう。
 それでも臨也の仕掛けは簡単には外せない。
 帝人の無駄なあがきを嗤いはせず優しく「行こうか」と臨也はその手を取る。
「踏みしめていいんだよ? 最後なんだから」
 何か言おうと口を開ける帝人を引っ張りソレの前に立たせる。大きな包み紙に包まれた変わった椅子。あるいはマッサージ器。いや、バーベルなどを上げ下げするような器具がついたベッドが近い形だろう。
「な、なん……」
 血の気が引いている帝人の手を放して臨也は包み紙を破る。破る。破る。
「いざ、やさ」
 後ろに下がろうとして帝人は躓く。自分の足から流れる血の量に驚いている帝人がかわいかったから臨也は「さっき裂いたじゃないか」と親切に教えてやった。
「縛ってるから毒がなくても感覚は薄いだろ? 安心。安心。あ、出てきた」
 それはどう見てもギロチンだった。
 それ以外には見えない。
「取り出しますのは帝人君の腕の太さぐらいの大根っ! ていっ☆ スパッとなっ!!」
 陽気に口にする臨也とは逆に帝人は言葉を失った。軽い音を立てて転がる大根の切れ端。
「ちゃんと綺麗に研ぐね。中途半端に刃が止まったら痛いもんね? 大丈夫、大丈夫。俺は優しい週間だから」
 声の穏やかさを裏切るように臨也は乱暴に大根を投げ捨てる。綺麗な切り口だった大根が見事に砕ける。
「後でスタッフが美味しく……ぐちゃぐちゃだからどうしよっか? 煮込み料理の隠し味? 普通に大根と何か煮る?」
 震えることもできずに固まっている帝人を抱き上げて臨也は台にあるベルトを固定していく。
 帝人の視線が不安定に揺らめいているのに気付いて臨也は頭を撫でてあげた。
「大丈夫。すっごい、痛いよ」
「あ、ぁああ」
「うん。痛くないって言ったけどそんな訳ないだろ。血は止めてるから普通よりは少ないだろうけど場合によっては失血死するかな。大丈夫。床にはビニールシート張って全部受け止めるから。血液って一度つくと取るの大変だよね。拭いても反応は残るし」
 どこも大丈夫ではないことを臨也は口にする。
 帝人の呼吸が浅く早くなる。
 全裸なせいで胸の動きがよく分かる。
 臨也はうっとりと帝人のへそを撫でた。
「右は試しで、左が本番ってことで。大丈夫。ちゃんと関節の狭間を狙うよ。骨で刃が傷んだら次が痛いもんね。心配しないでいいんだよ」
 臨也は力強く帝人の肩を叩く。
「なんのつもりですか、急に」
 帝人の鋭い視線に臨也は目を細める。
「冗談だと思ってる?」
「そうだったらいいですね」
「あれ? 諦めたんだ。俺の気が変わるの待たないの?」
「はっ。だったら苦労はしません。止めるなら止めろ。やるならやればいいですよ」
 吐き捨てるその言葉が最後の強がりなのだろう。身体の震えは誤魔化せない。
「ゴミはゴミ箱に。子供みたいに切り刻んで捨てればいい。きっとその最期が僕にお似合いですよ」
 憂いすら含まない帝人の態度に臨也は首を傾げた。
 何もかも悪いのは帝人だ。
 竜ヶ峰帝人が悪いと『折原臨也』は判断した。
(アレ? ちょっと、待て)
 痛んだ。頭が酷く痛かった。どうしてこんなに痛いのか臨也には分からない。慟哭が聞こえる。
 戸惑いなど無視して臨也の体はギロチンの刃を落とすために縄に手をかける。心の奥底が何かを叫ぶ。
 死刑台に乗せられたも同然の帝人の顔を見ようと視線を向ければ涙を浮かべて、微笑んでいた。

「さよなら」

 驚きに手が滑った。もっと足の位置は大丈夫なのか確認しないとならなかったのに臨也の手は縄を放してしまった。
 落下する肉厚の刃。狂気は感染する。