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ご め ん な さ い

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まるでバケツでもひっくり返したかのように雨が降っている。
 色を流され音を失った灰色の町。その中で、一人の男が膝をついていた。
 ハンチング帽はぐっしゃりと濡れ、黒い髪は彼の頬に貼りつき、上着もベストもネクタイもズボンも靴下も、全て雨に晒され肌に吸いついている。
 その惨めな男はただ、膝をつき、雨粒にうたれながら街を覆う厚い雲を仰いでいた。

 「おじさん」

 良く通る声が、むせかえるほどの雨の匂いを揺らした。
 一人の青年が、良く映える緑色の傘を持って真っ直ぐ水溜まりの中を歩いてくる。
 そして彼は男の丁度後ろで、特に男が傘に入るか気にすることなくぴたりと歩みをとめた。

 「あなたは、ずるい」

 ぽつり、とまるで雨の降り始めのような声で青年はいう。

 「僕はずっとひとりでした。だからずっと、ひとりでやってきました。ひとりでやってきて、それで、・・・・・・貴方に出会った」

 自らを落ち着かせるかのようにゆっくりと一度呼吸をして、坦々と吐きだす。

 「あなたは知りたがりだ。傲慢です。そして貪欲だ」

 微動だにしない男性の背中を細い目で見てから彼はぎゅっと瞼をつぶった。

 「おじさん、あなたは、ずるい人だ」

 うつむき加減に、青年はいう。

 「貴方は、人の心に、ずかずか踏み込んできて、勝手に人の事に干渉して」

 緑の傘を離すまいと強く握る。

 「心配して、お節介焼いて、鬱陶しくて、いらないっていってるのにっ」

 逸る声が上擦り、裏返る。

 「それなのになんで貴方は、っ、僕のことを信じてくれないんですかっ頼ってくれないんですかっ!! 」

 それはまるでいつかの彼があげられなかった悲鳴のように雨音を斬り裂いた。


 「あなたはみんなを信じているふりをして誰のことも信頼してないんじゃないかっ!!!! 」


 濡れ鼠の男は空を覆っている分厚い雲を眺めている。
 あぁ、いま、すこしだけ、雲の切れ間を見つけたような。

 「俺はあなたのことを、こんなにも信じているのにっ!!」

 雨足が灰色に澱んだ世界を揺らす。



 「たった一人の、相棒なのに!!!」






[ ごめんなさい ごめんなさい 俺はまだ 貴方の背中しかみることのできない よわい よわい 人間です ]
作品名:ご め ん な さ い 作家名:草葉恭狸