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【青祓】善悪の此岸【金廉】

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「俺は、友達を助けたいねん。…それだけや。分かって? 金兄」
 振り向きもせず、廉造は呟いた。

「あかん。行かせへん。――――お前は、ここにおるんや」

 廉造の揺るがないその声が聞こえた瞬間、そう思った。

 小さな廉造。
 大切な、俺の弟。大切な、俺の家族。
 俺の、大切な―――――。


「金兄…ごめん、離して」
「あかん。お前はこのままここにおるんや」
 金造は、廉造を抱き締める腕に力を込めた。
 心は、決まっていた。
「金兄」
「どこにも、行かせへん」
「………金兄…?」
 肩口にかかる金造の髪が揺れる。
 耳元で聞こえた金造の声が震えている事に、廉造の胸がザワリ、と騒いだ。それは紛れもなく『嫌な予感』と呼ぶものだ。
 廉造の身体から力が抜けた一瞬の隙を、金造は見逃さなかった。
「―――っ、いった…っ!」
 力、経験、反射、そういったものが、歳の差がある分弟より僅かに長けていた金造は、抱き締めていた廉造をそのまま床へと押し倒す。
 廉造の両手は、片手で一纏めにし、そのピンクの頭上の畳に縫い付けた。
「なんやの、金に…」
「うっさい」
 これ以上騒がないよう、唇を塞ぐ。
「ん…っ、んんっ」
 色素の薄い瞳が驚きで見開かれているのを真っ直ぐに見下ろしながら、強引に舌を割り入れる。
 声も、言葉も、滴る唾液も、全て飲み込むように、その咥内を貪る。
「……っ、つっ」
 夢中になって舌を追いかけていると、強烈な痛みに襲われて、金造は唇を離した。
 鉄の味で満ちる口内は、先程までの余韻の欠片も残ってはいない。
「……は、いい気味…。つぅか、なんすんねや…」
 いけずにも程があるやろ。
 目尻を潤ませ肩で息をしながら、廉造は覆い被さっている兄を睨んだ。
 その口の端に、赤い筋が走っている。それは金造の口内を満たす鉄の味のするものであり、金造の唇から流れる赤い液体そのものであった。
「はっ、兄貴に歯向かおうっちゅうんかい」
 親指で唇を擦り、己の血を拭う。
「兄貴が実の弟にすることちゃうやろ」
 それを見た廉造が、その瞳の奥に小さな罪悪感を抱いたのを、金造は見逃さなかった。
「……そうやな」
「わかっとんのかい…ならそこどいて。重い」
「お前が逃げぇ」
「―――はぁ? なにふざけて」
「ふざけてなんぞおらん。俺はお前をここに閉じ込めておく。それがイヤなら、お前がここから逃げよし」
「あのなぁ…っ」
「―――お前が大事やねん…!」
 訳の分からない理屈を告げられ、声を荒げようとした廉造を見下ろす目が、ひどく切なげに歪んだ。
「金兄…?」
 今まで一度も見たことのない兄の辛そうな表情は、廉造の目を奪った。
「何より大事や。家族とか兄弟とか、そんなん関係ない。何より、誰より大事やねん」
 振り絞るような声が、廉造の動きを奪った。

「あんなんと一緒におったら、お前、いつかおらんようになってまう。今かて、俺よりあのサタンの子ぉのが大切やとか言いよる…俺を置いて、アイツのトコ行こうとしよる」
 いま、わかってん。

 金造が、ゆっくりと廉造の顔に近付く。
「そんなん許さへん。お前は俺のモンや…誰にも渡さへん」
 唇がまた触れる一歩手前で、金造が低く、けれど強く、呟いた。
「…どういう…」
 こと、と尋ねようと開いた唇は、また金造に塞がれる。
 廉造の身体の自由は、金造によって奪われていた。
 両手も、両足も、唇も、声も。
 廉造には、もうさっきのように唇に歯を立てる気力はなかった。
「…ちょ、金に」
「誰にも渡さへん…お前は、俺のモンや…そうやろ、廉造…?」
 唇が離れ、ようやく自由になった声だけで困惑を示す廉造に向かって、金造は恍惚とした目で笑った。
 それは、廉造が初めて見る、男の顔だった。
「…きっ、んに…ぃっ」
 真っ直ぐに見下ろすその目も、着ているシャツを破り、顕わになった肌を撫でる手も、首筋をなぞるように滑る唇も、どれもがひどく愛おしいものを扱うように、優しく温かい。
 けれどそれは―――『兄弟』に対する愛情だと、言えるだろうか。
 今まで見たこともない、兄の顔。
 されたことのない触れられ方。
 廉造は、わからなくなる。
 兄が何を考えているのか。
「や、め…ぇ、きんに…ぃ」
 触れられ、撫でられ、舐められるたびに上がる自分の声が、何故こんなに恥ずかしいものなのか。
「無理。もう止まらへん…騒いでも、無駄やで?」
 結界張ったあるしな。
 笑う兄の顔が何故、こんなにも恐ろしく感じるのか。何故―――こんなにも悲しく、こんなにも嬉しく感じる、のか。
 触れられる毎に、廉造の思考能力がひとつずつ、悦びに塗り潰されていく。
「お前は―――俺のもんや、廉…」
 声を絞り出して笑う金造も、わからない。
 自分の内から溢れたこれを、何と呼ぶのか。
 組み敷いた弟が本気で怖がっているのがわかるのに、締め上げた手を離せないことや、その白い肌に付けた赤い痕にひどく高揚することが。
「きんにぃ…っ、ぃや、やぁ…っ」
 弟が上げる声が、自分の中心を熱くすることも。
 その熱に抗えないことも――――考えることを放棄した金造には、わからなかった。

 ただ、もう止まることはできない。
 それだけは、はっきりとわかっていた。






 どこで摩り替わったのだろうと、自問する。
 くたりと畳に横になっている弟の、柔らかなピンク色をした髪を梳き、金造は自問する。

 家族への思いが、個人への愛情へ。
 どこで摩り替わった、と。

 短い髪の下に輝くはずの瞳は、今は閉じられている。
 目尻は赤く、うっすらと涙の痕が残り、瞼は重く腫れていた。
 手首には痣。首筋、鎖骨、脇、臍、内腿…あらゆる箇所に散る赤い痕。
 それらを見遣り、胸が締め付けられるのに、こんなにも辛く申し訳なく思うのに、その一方で他のものでは得がたい幸福感に満ちている。
「……堪忍な、廉…」
 金造は小さく呟き、またそっと廉造の髪を撫でた。

 金造は自問する。

 悪いことなどしていないだろう、と。
 ずっと、こうしたかったのだろう、と。

 家族という名の大義名分に隠した、本当の自分の欲望に、気付いていただろう、と。

 大切な、俺の弟。大切な、俺の家族。
 俺の、大切な―――廉造。

「…ああ、せやけど、もう離されへんから…許さんで、ええよ」

 髪を梳いていた指で、そのまま頬を撫でた。
 ピクリ、廉造が小さく身じろぎをしたが、閉じた瞼が開く気配はない。
 開けてはいけない扉、渡ってはいけない彼岸。
 それを越えてしまった今、此岸のなんと心地好いことか。


「ずーっと…お前は俺のもんや。…なあ、廉造?」


 結界で守られた二人だけの世界(へや)で、金造はうっとりと微笑んだ。