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何げない瞬間、その仕草に魅入られる。
気を抜いた瞬間、その視線に囚われる。

同時に生まれた嫉妬という感情を、無視できる程、器用じゃなかった。


早めに終わった部活、いつにない速攻で学校を飛び出し向かう先は、氷帝学園。名門という名を維持する為、下克上は当たり前。下からの突き上げがキツくレギュラーでさえも気が抜けないと有名なこの学園は、千石が到着した夕刻も、テニス部は当然のように活動中だった。

薄暗くなり始めたテニスコートに、部長の指示が飛ぶのを、フェンス越し眺める明らかに浮いた白い学ラン姿。中高他校問わず鈴なりになったお嬢サンがたの中では、オレンジ色の髪とその白は注目を誘うに充分なもので、自然、周囲の女性陣から視線が集まるのも、本人、まったくお構い無し。
勢いあるギャラリーの中を持ち前の要領の良さで掻い潜り、フェンス間際に陣取って他校の視察―――…もとい、跡部の見学をする。プレイを盗もうとか敵情視察なんて難しい名目ではなく、純粋に彼と言う人間を。

実は熱中すると周囲が見えていない程の集中力を発揮する跡部は、そんな不信な他校生徒の存在に気づくことなく、来年の氷帝を背負って立つ後輩たちへと的確なアドバイスを与えて行く。

先日、氷帝学園は全国へ行く望みを絶たれた。跡部たち三年は、全国という舞台に立つことなく卒業して行く。本来ならば、それが決まった段階で引退をし、内部進学とは言え多少の試験はある高校受験と、そして高校でのテニスの為に力を注ぐはず。けれど、こうして彼は今、大会前と変わらず中学のコートに立ち、指導に当っている。

「愛されてるなあ、……この部活」

多分、部員たちは気づいていないだろう"王様"からの愛情。そんなもの、表面に出す跡部でもないし、ましてや口で告げることなんて絶対にありえないだろうが、こうして、今は自分の為だけに注いで良いはずの労力を部活に捧げているあたり、彼の中の心象が窺い知れる。

フォームを直された部員が、跡部に礼を言ってるのが見える。丁度背を向けられているこちらから、その部長然としているのだろう表情を見ることはできない。ましてや、見れたところでその表情を向けられたのは、身内である部員にで、部外者の千石に与えられることは無く、遠くから眺めることしか許されない。

フェンスの、向こうとこちらで確実に線引きされた領域。

あちらは、跡部の率いてきた―――大会での敗北という記憶を、部長と共有できる部員たち。こちらは、それを遠くから見ることしかできない他人たち。

偶然出会って、冗談半分ちょっかいをかけ、迂闊にも跡部景吾という存在に頭まで浸かる程ハマってしまった千石は、こうして時折、自分が他校の生徒であるという事実に歯噛みする。

跡部の成長を見てこれた氷帝の先輩や、その三年間を共にできる同級生たちや、時間と労力を割いてもらえる後輩たち。

それら全てを羨んでしまう瞬間が、どうしても存在する。
とくに、こうしてフェンスで区切られた空間にいると、特に。

物思いに沈んでいたのか、周囲の嬌声に驚いて顔を上げた千石の視界に飛び込んだのは、薄暗闇の中でもはっきりと、その意志の強さを主張する、青い双眸。しかも至近距離。
肩越し、微かに眺めやったテニスコートでは、今だ部員たちが練習を続けていることから、部活が終わったわけではないこと知る。

けれど目の前に、二つの青。

千石の興味、意識全てを捕らえて放さないその存在が、フェンスを隔てたすぐ眼前に立ち、反応が無いこちらの様子をいぶかしみ眉を寄せている。

「アー………トベ、クン…?」
「あァ?とうとう人の名前忘れるくらい阿呆になったか。」

や、違うんだけど。
他の何を―――奇奇怪怪なアルファベットと記号が並ぶ数学とか、アンタダレ?って聞きたくなる人が書いた詩の出てくる現国とか―――忘れても、その名前だけは絶対忘れないと断言できるし。部活中の跡部様がデスネ、わざわざギャラリーの煩いフェンス際までご足労下さったっていう、その事実に驚いて舌噛む程テンパってるんですよ、俺は。

主張は全て、緊張解そうと飲み込んだ唾液と共に嚥下。

「俺んとこの部活、早め終わったら一緒帰ろうかなァー…って。そっち、終わりそ?」
「こっちもそろそろ終わりだ。―――どうせ、本来なら俺無しで進めるべき時間だしな、早めに上がる。待ってろ。」

「や、え、――は?ちょ…ッ、……タンマ、跡部サマ!」

驚き通り越して慌てた為、掛けた声は情けない程上ずり。周囲の黄色い悲鳴に感化されてか、とっさに出た名前はサマ付き。振り返った跡部の表情と言えば、凶悪そのもので。 実はサマ付け、あんまり好きじゃなかったのね、と悟ってみる。

「アーン…?わざわざココまで喧嘩売りに来たなら、即金で買ってやるよ。」
「…、…結構デス。本日の売買は終了いたしました。って言うか、跡部クンに売るような質の良い商品無いから。君に売るくらいなら、道端で叩き売るしね!―――って、違ァーーっう!」

だんだん妙な方向にズレる軌道を絶叫で修正。
ああ、周囲の女の子の視線が痛いヨ。

「帰るの?俺と。」
「そう言ってんだろ、耳、悪くなったか。」
「平気。いたってフツー。てか、部活、まだ終わってないよね。」
「後ろ見て分からないか?。」
「……ウン、終わってないねえ…。」

本気で馬鹿になったか、としみじみ呟いた跡部は、付き合ってられるかとばかり、部室へ向かおうとフェンスの一角につけられたドアを開けてこちら側へと歩いて来る。それに、常ならば駆け寄るところを、そんな余裕も無くなっていた千石は、ただ、ギャラリーの中を立ちすくみ。眉を潜め、吐息混じり近づいた跡部の容赦ない拳―――頭に一発―――によって、意識を戻した。

―――うっわー…、モーゼの十戒?

千石の目の前、立ち止まった跡部を避けるようにして半径1メートル、綺麗に退いた人だかり。さながら、モーゼの為に開いた海のように、真っ二つ。海と違うのは微妙な殺気を周囲から感じるところだろうか。

「行くぞ」

今度は頭ほを軽く叩きながら、部室前まで着いて来いということか、歩くよう促される。

「跡部クン、あんま叩くと馬鹿になるよ。」
「はっ、今さら。」
「ホンモノの馬鹿になっちゃうよ。」
「現在進行形で、正真正銘馬鹿だろ。」
「さらに馬鹿に―――。」
「治るんじゃねーの?多少。」

試しに、と叩く跡部の手から逃れて駆け出す千石の口元に、耐え切れず浮かんだ笑み。
振り返れば、歩いて来る跡部の背後、鈴なりになったままこちらを見ているギャラリーと、部活を続ける氷帝テニス部。

跡部に関る全ての人間を羨んだ後に、必ず辿り付く現金な思考。

馴れ合いと惰性では私生活に人を踏み込ませない跡部景吾という人間の傍に、学校も部活も関係なく、在ることのできる自分という個性に、感謝を。そんな自分を作り出した、今まで全ての人間と環境に、感謝を。


そして―――全てに勝利宣言したくなった自らの口を、慌てて両手で塞ぎながら、漏れる笑いに幸せが広がった。
作品名:Be thankful for... 作家名:イチハ