暴走ユリフレ
それを見せた時のユーリは平静を装っているように見えたが若干声が弾んでいて、彼にしては珍しく興味津々と言った様子だった。
「職場に裁縫が趣味の人がいてさ、作ってみたんだって。すごいよね」
手のひら大の大きさのぬいぐるみは2等身にデフォルメされているが、フレンに似せて作られていて、なんと鎧を着て剣と楯を装備していた。
「なんで鎧?」
「RPGゲームだと、僕は騎士っぽいからって…何、してるんだユーリ?」
よくできてるな、なんて感心しながらぬいぐるみを手にしたユーリはそれをころんとひっくり返して、腰回りの布をめくっていた。さながらスカートめくりをしてるみたいで、自分がされた訳ではないのにフレンはなんだかいたたまれなくなる。なんでこんなにガード固いんだよ、と悔しがられても、騎士だからじゃないか、としか言えなかった。暫く無言でぬいぐるみを見つめていたユーリは、ふと顔を上げる。
「フレン、これ、貰ってもいいか?」
「え? いい、けど…」
ユーリにねだられることなんて稀だったから、フレンは素直に頷いた。のがいけなかった。
余程ぬいぐるみが気にいったのか、それからユーリは家中いつでもどこでもそのぬいぐるみと一緒にいるようになった。料理の時は傍らに、食事をしている時やくつろいでいる時も一緒。文字通り肌身離さず、だ。初めは微笑ましいな、なんて思っていたけれど、ある日風呂上りにも連れていたのでもしや一緒に入っているのかと聞いてみたら、ちゃんとビニール袋に入れてるぜ、とキメ顔で答えてくれた。それにはさすがにユーリが心配になってきて、フレンは夜、そろそろとユーリの部屋を窺ってみた。やっぱりというか予想通りというか、ユーリはしっかりぬいぐるみを枕元に置いて眠っていた。女の子ならまだしも成人をとうに過ぎた男がぬいぐるみと一緒に寝ているなんて。それってどうなんだ、と胸の内でユーリに問いかける。
そういえば、ぬいぐるみを渡してからユーリとまともに触れ合っていない。夜這いにも来ない。別に待っている訳ではないけれど、ぬいぐるみ一つで満足してしまう事だったのかと思うとふつふつと暗い感情が湧きあがってくる。堪らずフレンはドアを開け放して、ユーリが眠るベッドの上に勢いよく飛び乗った。
「ユーリ!」
「うぉっ…フレン?」
「生身の僕がいるのに…ぬいぐるみの僕の方がいいっていうのか!?」
「フレ…ン?」
むくりと身体を起こしたユーリがごしごしと目元を擦っている間に、フレンはせっかく作ってくれたのにごめんなさいと胸の内で謝ると、枕元にあったぬいぐるみ床に放り投げた。もすん、と静かに跳ねて、ぬいぐるみは床に転がる。
「あ」
ぬいぐるみの行方に気を取られているユーリの髪を力任せに掴んで振り向かせると、フレンは無理矢理口づけた。痛みと困惑が混じったユーリの瞳は、目を瞑ってやり過ごす。舌で触れるとユーリの口は簡単に開いて、フレンの舌を招き入れる。普段はユーリにされるがままだけれど、今日ぐらいはし返してやりたい。いつもユーリがしてくるように舌を絡めて、吸って、口づけを深くしようとした所で息苦しくなってしまい、フレンは口を離した。フレンの息も荒いがユーリの息も上がっていて、いい気味だと火照った頭で考えていたら突然、あーぁ、と気の抜けた声をユーリが出した。
「どうすんの」
「……なにが?」
咎める口調でそう言われても、訳が分からずフレンは首を傾げる。すると抱き寄せられて、耳元にユーリが無駄に良い低音で囁いた。
「この間無理させたから、しばらく自重しようと思ってたんだけど」
「え…」
「乗っかってくるなんて、大胆だなフレン」
「ユーリ…?」
体勢的に自然と見上げる形になったユーリは、不敵な笑顔を浮かべていた。不埒な手つきで腰を撫でられて、フレンはびくりと身体を震わせる。フレンぬいぐるみのかわいさにめろめろになって、フレンなんてどうでもよくなったのでは無かったのか。
「で、何してくれんの? 期待していいんだよな?」
ユーリの心から楽しそうな声に、それはもしかしなくても単なる思い込みで勘違いだった事に思い至ったフレンは、余計な藪をつついてしまった事にようやく気がついた。