恋の1,000,000$マン
裏切られても、裏切られても。
この世界で何度、絶望の闇に囚われても。
私は、おまえだけ信じて生きていこう。
そう、思えたんだ。
メリー
とある雨の日、公孫勝は済州の外れにある廃屋で雨宿りしていた。かつては青蓮寺の手の物が拠点としていたが、先日の作戦にかかり致死軍によって殲滅されたところだった。
要は、戦とはそういうものだった。敗ければ死。勝てば利益。単純明快だ。
もちろん雨宿りとは恰好がそうなっているだけで、正確には人を待っていた。
約束は、していない。
ただ、待っていたら来てくれるのではないかという賭けのようなものだった。
そう、もしあいつなら……
「こんな陰気くさいところで何してやがる」
ほら、来た。
「見てわからないか?雨宿りだ」
「ほう。俺はてっきりおまえが自分の体で茸が栽培できるか試しているのかと思った」
不遜な顔持ちの男が、廃屋の隅の公孫勝に言ってきた。
「はっ。貴様ごときに心配されずとも間に合っている」
「どうせエノキだろうが」
「なんとでもいえ。ところで貴様は何をしているんだ、こんな雨の日に。上から下までずぶ濡れで随分と愉快な有様じゃないか」
「おまえと違って俺は忙しいからな。日陰に入って茸を育てる暇も無い」
「忙しいならさっさと私の視界から消え失せろ、目障りだ」
「ふん。可愛げのない野郎だ」
男は馬で廃屋に上がって来た。
「不本意だが、おれは帰るとすぐ会議がある。それにはおまえも出て貰わねばならん。おまえがちんたら帰ってくるのも待てんから、特別におまえも百里に乗せてやる。ありがたく思え」
「別に頼んで」
ない、と言おうとしたが、男に抱え上げられ後ろから抱きしめられて、思わず言葉を失った。
「ふん。汗臭い上に濡れた獣の匂いがする。最悪な気分だ」
「それでおまえが悶絶死すれば気分も清清するのにな」
お互いに皮肉を交わし合う。しかし、その皮肉も止まってしまい雨の降る音だけが辺りを包んだ。
「………おまえなら、来てくれると思った」
公孫勝が呟くと、男は不機嫌そうに鼻を鳴らした。
「何を企んでやがる」
「別に。ただ」
「ただ?」
首を傾げたのか、吐息が耳にかかる。
「何でもない」
言いかけた言葉を飲み込んで、公孫勝はそっぽを向いた。
「訳がわからん」
男はまた不機嫌そうな溜息を吐いた。
「そうだな、訳がわからない」
公孫勝は雨に濡れながら呟いた。視界もけぶる豪雨の中、公孫勝は一人で立ち尽くしていた。
「なぜ、あの時言えなかった」
おまえを、待っていた。
来てくれて、ありがとう。
おまえだけを、信じていた。
愛してる。
言葉に出来なかった。
「俺は、何を待てばいい」
答えはない。熱い吐息も、熱い肌も、不機嫌そうな声も溜息も、今は黄昏の赤の向こうだ。
「なあ」
公孫勝は手を伸ばす。
誰もいない曇った空に。
「おまえだけを信じて、良かったんだよな」
答えはない。
何もかもが手遅れになったとしても。
おまえが植え付けていった心だけが残された。
頬を、熱い雨が濡らした。
作品名:恋の1,000,000$マン 作家名:龍吉@プロフご一読下さい