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Da Capo Ⅱ

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「どう思う?ねぇ?どう思う?」
「ど、どうって…」

顔が近い…近すぎる。
目の前には、火原の太陽に好かれている事を感じさせる肌と大きな目しか飛び込んでこない。
彼はずいっ、と前傾姿勢で俺の目の前に座り質問を浴びせてきている。

「だからさ。柚木だったらどの辺からだと思う?」
「どの辺って…」

近い。
近すぎて、これは

(…邪魔だよ…)

溜息しか出てこない。
こいつは本当に「前」しか見ていない。
もっと周囲を見て欲しい。

ざわざわと声が耳に届く。少し練習室に寄ろうかどうか迷っていた時にやって来た。
こちらからの挨拶も無視して行き成り質問を投げかけてきたのだ。

「ね!付き合ってるって、何処から言うと思う!?」

俺と周囲は、凍り付いた。


そして今に至る訳である。
西日が差し込んでくる。
冬の空の色の変化は早い。
さほど時間は経過していないと思うが、確実に「このままの状態」で時間は過ぎている。
火原は前傾姿勢を変えない。

(疲れないんだろうか…)

そんな馬鹿な事を考えてしまう。
多分疲れないと思う。
こいつはそう言う奴だ。
真っ直ぐで、行動の全てが輝いていて。

(まぶしい…)

一瞬、気を抜くと直視出来ない事がある。
それは幻なのだろうが、強い光に目が眩む。

(あいつも、こいつの様なタイプが良いんだろうか…)

何故か脳裏に、紅い糸が過ぎった。
決して美人とは言えない。
柔らかい髪と、憎たらしい唇が過ぎった。
はっ、とする。
何故だろうか。
何故そんなものが過ぎったのだろうか。

「柚木?大丈夫か?暗い顔してるけど」
「え?あ、ああ、うん…大丈夫」

振り払うように、頭の中を空っぽにする為に、火原の言葉に乗って平静を装った。
前傾姿勢ではなくなり、少々空間が出来た。

「お前が顔を近づけすぎるからだよ。空気が薄くなって、酸欠になっただけ」
「嘘っまじで!?ごめんー!!」

俺の冗談に火原は本気で謝る。
こいつは何処までも真っ直ぐだ。
真っ直ぐすぎて、

(からかいたくなる…)

あいつもそうだ。
向こうには隙があるから嫌味も言えるが、こちらには何故か言えない。
偽りがあるとかないとか、そう言う事でもない。
多分俺の中での意識が違うんだろう。
そう結論付けられた。
どう違うか…それを認めてしまえば「今」が崩れる気がする。
だから、それを何時もの様に、周囲に振りまいている「創った俺」の表情の様に繕ってしまえば良い。

「中々難しいね。火原は、どう思っているの?」
「え!?」

顔をこれでもかと言わんばかりに紅く染めて、慌てて下を向く。
本当にこいつは分かり易い。
隠し事をしているはずなのに、俺には手に取るように心の中が分かる。

(本当に…)

心の中に不協和音が流れる。

(あ…)

多分これは嫉妬。
ないもの強請り。
生まれた場所も家族も。
時間も時代も空間も。
全て選べない。
今を創り出したモノへの嫉妬。
濁った心。
暗がりで淋しがる誰か。
そんな印象だ。

「ごめんごめん。悪かった。答えたくないなら答えなくて良いんだよ」
「あ、でも…」

俺は火原の肩に手を置いて何時もの表情を浮かべる。

「誰にも言いたくない事、言えない事が絶対あるんだから。
 それを無理して吐き出すのは体に毒だよ」

誰もが安心する顔。
認める顔。
きっと火原も、多分同じだろう。

「うん、そうだな…有難う柚木」

暗い表情から明るい表情へ。
暗闇に光りが注がれるのが手に取るように分かる。

放課後のひとコマ。
誰もが経験する時間。
俺にもそんな時間があるのだと。
周囲に眼があり評価があり。
苦々しい空間だけれど、家よりはマシかもしれない。
火原と言う目の前の太陽に、俺は何処か救われた気がしていた。


何時からだろうか。
そんな風に考える。

(何時からだろうか…)

香穂子、と言う言葉の響きを自分の中で楽しむようになったのは。
日野さん。
よそよそしいのは嫌いじゃない。
寧ろ慣れている。
微笑んでいれば、受け止めているように見え。
澄んだ声を出せば、従順なものとして捕らえられる。
今ある自分を全て受け止めるのが俺の仕事。
掌の中にある、腕の中にあるものを捨てて、何て俺には無理だ。
だが、どこかで声が聞こえる。
多分それは香穂子の声。
彼女の意思。
奥底まで見抜いたような、そんな瞳と声色。

どこかで、心のどこかで逃げる準備を止める自分がいる。
今の自分で良い、と伝える自分。
今のままで如何したい?、と伝える自分。
その中間に、香穂子は入り込んでくる。

「止めて下さい」

俺は運転手に伝える。
はい、と二つ返事で彼は車を止めた。
火原と分かれて直ぐ、家に帰るための車に乗り込んでいた。
何時もの道のりをすべる車。
車中から見える景色も、この街は季節以外の変化は乏しい。

外に出る。
そこは何時もの場所。
潮の香りのする、俺の特等席。
夕日がキラキラ輝いて、

(眩しい…)

そう思う。あの光り一つ一つが、彼女の声と髪と肌と、そして音色と重なり合った。
こんなにも何かに捕らわれる。
そんな経験はフルート以外なかった。
何もかも忘れさせてくれる音楽。
何もかも壊して本当の自分を引っ張り出そうとする彼女の存在。

「ふっ」

口をつく笑い。
嘲笑。
俺らしくもない。
こんなに乱されるのは、乱れるのは。

(俺らしくない…)

潮風に髪が揺れる。
右手で押さえ、整える。
だが、また風に髪は乱されていく。
俺と香穂子の距離の様に。
近づき、遠のき。
又近づいて、そっと触れる。
そんな夕暮れ時の港の風景に、俺は俺の音楽と彼女の音楽を重ねて奏でていた。

Da Capo Ⅱ 了
作品名:Da Capo Ⅱ 作家名:くぼくろ